デザインのデザイン |
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デザインを勉強する上では、少し物足りないかもしれないが、 デザインのルーツを一般の方が知る上では 十分なくらいの内容がありました。 また、デザインのプロが書いた本だけに、デザインをされている方にとっても よい影響をうけることができる内容となっています。 デザインが人間に対してどのような効果をもたらせるのか? そもそもデザインとは何なのか?少し深堀して書かれた本です。 著者は産業デザインを批判し,ポストモダンを否定するようなことばを書いている.そして,この本のなかにあらわれるデザインたちは,iPod などよりはるかに以前のものから,白を中心とするモノトーンな世界である.この本じたいが,デザインの本にありがちなカラーページのおおいものではなく,白と黒だけのデザインである.それは,著者が担当している無印良品の思想にもつながっている. 著者はつぎのように書いている.「僕の専門領域はコミュニケーションであるが,その理想は力強いヴィジュアルで人々の目を奪うことではなく,五感にしみ込むように浸透していくことであると考えるようになった.」 このことばの後半は納得のいくものだが,私にとってはこの本に何回か出現する「コミュニケーション」 ということばが,まだひっかかったままである. 今日,デザインという言葉が氾濫している. そのどれもが,広義的な意味合いでデザインに含まれるのではあろうが,「そんな言葉にデザインという言葉を引っ付けるな!!」というものも確かにある. そのような時代背景を踏まえると,この本は一読に値する. 旧来のデザイナーと呼ばれる仕事をしてきた著者が,デザインの歴史・語源から,思想の流れを簡潔に概説してくれている. そして,著者のこれまでの具体的な仕事の中身に触れ,何を意図し,思索し,構築してきたのかという,極めて知的で論理的な精神作業の跡が描かれている. 読み通した後には,時代の流れに流されない自分なりのデザインのデザインが出来上がっているはずであろう. この本は具象的なデザインを行っている人(いわゆるデザイナー)だけではなく,むしろそれ以外の人たちに多く読んで欲しいと思う. 去年,日本の一部地域で大きく盛り上がったイベントの初期構想も知っておくべきものである. 私はその章を読み,はしゃいで会場を訪れた自分を恥じた.無知は時に罪なのである. しばらく前に購入したが、再読。しかしながら何かもうひとつしっくりとしない。 言わんとすることはおおむね頷ける。だがデザインはモノとして具体的に結実してこそ意味があり、評価はそのモノに対して下されるのであって、けっしてデザイナーの思想や意図に対してではない。もっと簡単にいえば「結果」がすべてである。 本書には実作例も多く載っているが、たとえば松屋銀座リニューアルプロジェクトにおいて「ファッションを軸とする百貨店へのスイッチ」を提案するために、たいそう手の込んだ模型をこしらえている。経営陣へのプレゼンテーションとのことだが、こんなものを用意しなければ意図が理解できないほど彼等はナンセンスなのか? また工事用の仮囲いに巨大なジッパーの絵を描き、それを得意げに語っているが、30年ほど前に流行ったスーパーグラフィックの焼き直しにすぎないし、目障りで悪趣味なデザインだ。 筆者は無印良品のデザインの中核的役割も担っているが、小物雑貨類はともかく家電や家具についてはあまりにもそっけなく色気がなくつまらない。誰からも積極的には嫌われることのない安全無難な臆病なデザインだ。わざわざ南米ボリビアの塩湖にまでくりだしての広告写真撮影も、笑ってしまうような想像力の貧困である。 コンセプチュアルアートが無意味なわけではない。リアルな音楽や絵や彫刻や映像を生み出すための思考実験としてはなくてはならないものだ。しかしそれをアートそのものとして作品として我々の面前に差し出すのはやめてもらいたい。そうだ、この本には“コンセプチュアルデザイン”があふれている。一人で粋がってないで、もうすこし前に、下に降りてきたらどうか。 デザイン好きは、理屈好きに違いない。 本自体の結論から言うと、「過去半分&現在半分」。 前半は(工業)デザインの歴史。非常にわかりやすく、その筋の大学とかでは教材に使われているんだろうなぁ、という感想。体系的でなスタイルがあるが、すごく楽しい。 後半は著者の実績。ただし嫌味無く、いろいろ紹介。著者、すごいね。という感じ。 間違いないのは、第一線の現場人が、勉強家であり日本語を知る読書家であること。感性を論理的にアナウンスできるというのは、目からウロコ。 個人的は傘立ての噺が一番好き。みんな大好きF.A.ポルシェの名言が浮かぶ。「Form Follows Function」 読めばいずれわかる。 「デザイン」とはいったい何なのか? 敢えて辞書的に定義するならば、それは「意匠」や「応用美術」と翻訳される概念であり、何らかの使用目的に則して造形が行われる点で、それ自体自律して成立しうるものとされる「ファインアート」とは厳密に区別される。だがテクノロジーの変革やそれに伴う情報環境の変化が著しい昨今では、その意味自体が極めて流動的なものとなり、範囲を正確に定めることが著しく困難になってしまったとの声もよく聞かれるようになった。存外、「デザイン」の定義に最も悩んでいるのはほかでもないプロのデザイナーなのかもしれない。 本書に一貫しているのも、デザインにとって最も基本的で、かつ最も困難なこの問いである。現場の第一線で活躍する現役デザイナーである著者は、最初に基本的なデザイン史をひと通りおさらいした後、「無印良品」や本の装丁、あるいは長野五輪や愛知万博など自らが関与した多くのプロジェクトへの取り組みを回想する一方、四角いトイレットペーパー、ロール型のゴキブリホイホイ、落ちている木に発火剤を塗布したマッチなど、ユニークなデザイン例の紹介にも多くのページを費やしている。特に著者が「リ・デザイン」と呼ぶ後者のさまざまな事例は、何の変哲もない日用品のスタイリングにちょっとした工夫を加えて意外な効果を引き出したものばかりであり、デザイン本来のあり方を再考するうえで格好のきっかけを提供してくれている。 本書の末尾において、著者は「コミュニケーション・デザイン」「ヴィジュアル・コミュニケーション」「グラフィックデザイン」という3つのキーワードを提示し、自らの職能やその社会的役割をこの3者の関係性のなかに見いだそうとしている。「デザインのデザイン」という人を食ったようなタイトルは、いかにも現代的なその試行錯誤の名前でもある。文体は軽妙洒脱だが、かといって本書の問いかけが軽いわけでは決してない。(暮沢剛巳) デザインのデザインを楽天で検索 |