科学の現在を問う (講談社現代新書)

科学の現在を問う (講談社現代新書)

売れ筋ランキング科学の現在を問う (講談社現代新書)  
科学の現在を問う (講談社現代新書)

科学の現在を問う (講談社現代新書)


価格:¥ 735(税込)
講談社  (2000-05)
/村上 陽一郎/
新書 190ページ
売れ筋ランキング:24375
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科学論の著書や翻訳で有名な村上氏によるエッセイ。遡上に上っているのは大学教員の教養不足、抜けた安全意識、遺伝子工学まわりの倫理、権力と情報化社会、工学の位置づけ、科学者のダブルスタンダードなど。これらの題材について、「報道されてるほど単純じゃないよ」「歴史的にはこうなんだよ」「こういう視点もあるよ」という形の説明が行われている。基本的に科学や工学や医学の位置づけというものに無頓着だった人向けの内容であるため、新聞記事やテレビの特集の内容を自ら掘り下げて勉強するような人や理系の大学院のうち教養を重視している所を出た人ならば、ぬるく感じるでしょう。勉強することを義務としてとらえる視点として民主主義を挙げていないし、ダメな現場(JCOに限らない)の生々しさは伝わってこないし。

新書やエッセイという枠を出ていないながら、立花隆の本や重箱の隅屋さんの本よりは遥かにお薦めです。考えるきっかけや問題意識を育むきっかけとしては、軽く読める良い本だと思います。これを読んで「もっと勉強しなきゃ」と思えたら読んだ意義は十分にあったと言えるでしょう。
著者は、1999年に東海村の核燃料製造会社JCOで起きた臨界事故の原因について少し変わった解釈をしている。この事故は日本のクラフトマン魂(技術者魂)の終焉を示すようなものではなく、むしろ日本人が得意とする品質管理(QC)という現場主義の結果によるものだという。こういった事故は原子力利用の初期の時代にはしばしば生じていたという説明もある。すると日本的な品質管理(功利的な作業を含めた)を徹底的に進めていけばもとの初期状態(バケツとスプーン使用)にもどったということか。企業による基礎的な知識の教育の欠如がこの事故の一番の原因であるかのような結論を導いているが、どうもこの解釈には納得できないものがある。一体どのようにして現場で働く人(管理する人)を採用しているのか不思議である。教育以前の問題ではないのか?
 人クローン個体作製に対して、著者はそれほど否定的な見解を示さない(肯定的でもないが)。最近の哲学者にはこういったトーンの主張が多すぎる。著者は科学史が専門であるが、この領域の人(自然科学を含め)遺伝子の多様性性という生命の生き残りにのみ生物学的価値観を置いているのが気になる点である。「人間の尊厳」を人格の唯一性のみに基づけてよいのかという疑問。ES細胞の研究(胚を壊すことによる研究)に対する見解もないのも気になる。著者と直接対話してみたくなる一冊である。
科学の知識がほとんどなくても高校生レベルの知識があれば十分読める手ごろな本である。(実際投稿者は高校生である。)

1999年を筆者は日本の技術にとって一つの節目となる年と考えている。その年に起こった三つの事件の一つにJOCの臨界事故をあげている。この事故により世界から日本のクラフトマンシップの終焉と非難された。しかし筆者はこれに異を唱え、非常に面白い論を展開する。

クローンの作り方、ES細胞の作り方似ついて書かれた箇所があるが、それらについて知っているつもりでいたのにそれは勘違いであったということが読んでいて恥ずかしくなった。その作り方はなんとも恐ろしいもので、科学者の倫理性が問われるべきものであり、筆者も述べているように日本として、また世界的に科学の倫理というものを考え直すべきだと思う。そして科学者の「象牙の塔」化は避けられるべきであり、また我々も科学に無頓着ではダメであるという事を痛感した。


珍しいものを何でもかんでも集めまくる博物館という存在があるが、博物学とは一体何を目的とした学問なのかなと思うことがある。ひょっとすると、博物学とは個人の好奇心や収集癖を満足させているだけではないかとも思わないではない。それは、この博物学が「社会的に役に立つ」という点が必ずしもクリアーではないからではないだろうか。

本書によれば、科学という学問が成立したのは19世紀になってからであり、それ以前の例えばニュートンは科学者とは呼ばれていなかったという。即ち、ニュートンの学問は決して「世の中の役に立つ」ものと思われていた訳ではなく、ニュートン自身、或いは、彼の庇護者達の好奇心なり探求心を満足させるものであると理解されていたからだという。その意味では芸術家が作品を制作するのと科学者が、研究をするのでは大きな違いはないと思われていたのだ。

しかし、その後科学が技術と結び付き「世の中の役に立つ」ものと理解されるようになり、科学者自身もそれを意識し、さらにはその成果から報酬を得ようと考えるに至り、科学は大きく変質した。

このような形で、科学と社会とのかかわり、科学におけるモラルの問題といった観点から展開する本書は、現代日本の理科教育の問題点、あるいはJCOの臨海事故と「技術立国日本」との因果関係と幅広く展開する。

クローン人間の誕生を倫理的に許されないとする人々の論理の非合理性に言及しつつ、クローン技術の歯止めのない進展が巻き起こすであろう混乱を分析するといった具合に、科学をとりまく現状に対する問題提起は実に面白い。


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