100万人を破滅させた大銀行の犯罪

100万人を破滅させた大銀行の犯罪

売れ筋ランキング100万人を破滅させた大銀行の犯罪  
100万人を破滅させた大銀行の犯罪

100万人を破滅させた大銀行の犯罪


価格:¥ 1,890(税込)
講談社  (2001-09)
/椎名 麻紗枝/
単行本 340ページ
売れ筋ランキング:30053
崩壊連鎖―長銀・日債銀粉飾決算事件
メガバンクの誤算―銀行復活は可能か (中公新書)
貸し込み 下
貸し込み 上
ビジネスとしての不良債権―日本再生で儲ける人々

古くは造船疑獄からリクルート、佐川急便事件と日本は賄賂天国で、司法は立法の「忠犬」と言う事は国民みんなが知っているが、経済界の「忠犬」でもあったとはびっくり。
機能してないセクションに税金使って食わせてやる意味あるのだろうか。
財政破綻してるかもしれない国なので、無駄なセクションは廃止して、司法のない国にしてみると日本は良くなるかも。。。
とかなりアナーキーな感想を持ってしまったが、前々から噂には聞いていたけど、この国「老朽化」しすぎだ。確かに誇張表現や偏った記述らしき物の見受けられるが、話半分としても狂ってる。
「本人の印鑑が押された書類はすべて本人の意思にもとずいて作成されたもの(p197)」っておいおい。。何のジョークなのこれ。。。どんなお父様とお母様にお育てになられたのかしら???イカレテル!
「裁判員制度開始」を早く始めて税金泥棒をたたき出し「法治主義」の国に戻しましょう!
バブル期の銀行の融資姿勢、監督官庁の対応の甘さを鋭く指摘し、日本でも米国のように貸し手責任が問われるべきだとする。個別具体的な事例を挙げ、いかに銀行の融資姿勢に問題があったのか示す記述には、説得性があり、銀行が相当悪辣なことを行ったことを窺わせる。
ただ、いくつか本書に対して疑問に感じる点もある。

大銀行のせいで100万人も破滅した人がいるというセンセーショナルな表題だ。しかし、本書によれば、監督官庁も銀行も調査に協力的ではなかったようである。どこから「100万人」という数字が出てきたのだろうか。

また、「銀行被害は、金持ち被害だと思われがち」(p.317)とあるが、そうではないのか。最初の例の野中さんは31億円、次の市村さんは3億円、その次の本木さんは4億円と、融賡金額は巨額である。つまり、これに見合う担保を保有していたはずである。相続税対策といった考えが、被害者の頭の中になかったはずはない。もちろん銀行も色々うまいことを言ったとは思われるのだが、まったくの銀行の被害者ですと主張されるとやや鼻白む。

さらに、「大銀行のような金融のプロは、当然89年にはバブル崩壊を予測していたと思う。」(p.251)とあるが、それには同意しがたい。予測していれば、銀行はバブル崩壊によりここまで惨憺たる状況にはなっていない。せいぜい株価、地価に若干の調整がありうると予測していた程度だと思われる。これをもって銀行に借り手を陥れる未必の故意があったというのは言い過ぎであろう。

いくつか疑問点はあるものの、当時の銀行の行動に相当の問題があったことは事実と思われ、借り手だけの責任を問うことには問題がある。銀行は、自らを省みて強引な回収は避けるべきであろう。ただ、昨今の経済状況下、銀行サイドにそこまでの余裕がなくなっているのも事実であり、最終的にどのように決着させるのが良いのか難しい問題である。本書のお陰で、銀行被害の実態の一端に触れられ、色々考えさせてもらった。


 衝撃だった。ひとつには、大手銀行がこれだけの悪行に手を染めていたという事実が、あまりに克明に描かれていたことが。銀行からすれば、「本書で書かれた内容はウソだ」と言いたいところだろうが、それを証明するのはまず不可能なのではないか。むしろ、叩けば叩くほどもっと「ホコリ」が出てきてしまう。きっと無視するだろうな、これは。

 もうひとつ衝撃だったことは、個人で立ち向かい、被害者救済に奔走する椎名弁護士が、ありとあらゆる危険を省みず本書を刊行したことである。銀行(権力)の圧力はなかったのだろうか? こんな時代に正義を追求するひとりの女性の勇気を称えたい、心からそう思った。

 あの時代、誰もが「狂って」いた。犯罪的行為に手を染めざるを得なかった末端の行員たち!!の気持ちもなんとなくわかるような気もする。それでも、超えてはいけない一線というものがあったはず。

 銀行経営者はどう「けじめ」をつけるのだろうか。また、こういうことをしておきながら、多額の退職金を手にしてさっさと逃げてしまった輩もいるはず。罪を問うよりも、まず彼らがいったい何をしたのかを明らかにする必要が絶対にある。

 本書はおそらくひとつのきっかけにすぎないのだろう。問題はこれからだ。わたしを含め、国民はみんなしっかり見ている。


「この本は、銀行・司法・金融行政に対する歯に衣着せぬ告発書であり、金融被害者救済運動を提起した本でもある。著者は、弁護士として薬害エイズ事件に取り組んだ自らの体験から、銀行の過剰融資によってつくられた金融被害者の問題は、深刻な社会問題であり、もはや放置できない人権問題だと訴えている。ゼネコンをはじめ大企業への過剰融資(不良債権)が国民の税金で救済されている実態を見るに付け、著者の主張には道理がある。日本の支配構造の一面も見ることが出来、迫力ある文章で小説より面白い。」
   弁護士である著者のもとに、こんな事例が多数寄せられているという。
 「1987年、土木関連の会社を経営する男性は、銀行から熱心に融資を勧められる。銀行は提案型融資として株投資のために計31億円を強引に貸し付け、それを銀行系列の証券会社で取引させる。が、結局運用は失敗。都銀は一転して、男性に融資の回収を迫る」「また1989年、都心で家を買い替え老後の生活を送っていた男性は、都銀支店長の勧誘に押されて無担保状態で次々に株投資のための融資を受ける。やがて金利が払えなくなり自宅売却を決意したが、支店長に翻意するよう説得されてしまう。そして1996年ごろに都銀の態度は豹変、ついに自宅は競売にかけられてしまう」

   著者は、バブル期の銀行が融資拡大に走り、本来は借金を必要としない高齢者などをねらって相続税対策を名目に変額保険や不動産投資などの提案融資を行い、バブル崩壊後に一転して過酷な取り立てを行ってきた、と指摘する。著者が問題視する、資金使途を問わない「大型フリーローン」のバブル期の販売件数は100万件以上。この件に関して著者は、銀行は「犯意なき過ち」ではなく「未必の故意」だったとして厳しく追及する。さらに、借り手の個人を救済しない裁判所や裁判官、金融行政の不作為にも鋭いメスを入れている。

   ポイントである金融消費者保護の法整備の主張は、金融自由化にあって大きな意味をもつものである。個人向け不良債権処理は終わったというが、本書で光が当てられる「終わり」にできない人たちの存在を見過ごすことはできないだろう。(棚上 勉)


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