ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ

ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ

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ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ

ヨシアキは戦争で生まれ戦争で死んだ


価格:¥ 1,680(税込)
講談社  (2007-08-01)
/面高 直子/
単行本 256ページ
売れ筋ランキング:70592
沢田美喜―黒い肌と白い心 サンダース・ホームへの道 (人間の記録)
あの戦争から遠く離れて―私につながる歴史をたどる旅
八日目の蝉
国のない男
そこに日本人がいた!―海を渡ったご先祖様たち

わたしはテレビのドキュメンタリーで、後田さん親子の波乱な人生を知りました。
そしてまたこの本と出逢い、テレビでは語られなかったストーリーがあり、
何とも言えない気持ちになりました。
まだまだ子供なのに、まだ戦後何年しか経ってない時代に、たった一人でアメリカに渡り、生きて行かなければならなくなったヨシアキ。どんなに心細かったでしょうか。
いつもいつも認められるために人一倍努力し、そして常に謙虚だったヨシアキ。
彼がどんなに頑張っても頑張っても、たくさんの光を掴んでも有名になっても心は満たされていなかったような居場所が見つけられずにいたように感じてなりませんでした。
そして彼がどんなに魅力的な人間だったのかイメージでき、そして吸い込まれるような文章で読者をヨシアキの歩んできた人生へと導いてくれます。
筆者の言葉がひとつひとつ胸に沁みてくるのです。
彼の人生、母の人生を知って欲しいと思います。
そして戦後何十年も経っているのに彼らと関わる人たちや、
面高夫妻のご縁としか思えない強いつながりを感じてなりません。
こんなに読みやすく、こんなにも涙して読んだ本はありません。

 こんなにも人から愛された青年が、戦争によって生まれ、本当に手に入れたかった居場所をある意味戦争によって引き離され、戦争を利用して探し出す前に、戦争によって命を奪われるなんて、不条理で涙が止まりませんでした。でも彼が紡いでいった絆が絆を呼び寄せ、この本が出版されたのだと思うと、なんだかジーンとさせられました。
 この青年の存在を、今まで知らなかったこと自体が何だかすごくショックでした。知れて、読めて良かったです。
ストーリーは「内容紹介」の通り。終戦直後、アメリカ兵にレイプされた
日本人女性の子供がヨシアキ。その後、あのエリザベスサンダーホームにはいる。

米国に帰った彼は、やっと祖国に受け入れられたと思う。しかしまるで
アメリカ人であることを証明するかのようにベトナムに行き、戦死する。

これだけ聞くと悲劇のドラマなのだが、ヨシアキはあくまで明るい。
周囲の人々も暖かで優しい。安手のヒューマニズムを感じさせることなく、
「悲しみ」と「涙」のほかに、
むしろかすかな清々しさ(戦死してよかったというわけではない)を読後に感じたのは
筆者の筆力と、対象に注がれる暖かい視線ゆえだろうか。

戦争と戦死いうやりきれないテーマを扱ったノンフィクションだが、
人間の尊厳とは何かというところまで考えさせられる。
戦争の空しさと不条理さを考えさせられる。

ほとんど処女作とも言えるにもかかわらず、この説得力。
筆者の底力を感じた。
エリザベスサンダーホームについては昨年読んだ「おへそ曲がりの贈り物」に、
戦後の歴史とともに詳しくなぞられていたので、まるで続き物のように読むことができた。
ヨシアキに限らず、混乱期の背景には生まれながらにしてハンディを背負う多くの子供たちの存在がある。
なにより偏見の壁は厚い中で、ヨシアキ:スティーブに関わる人たちは彼を愛で包む人々だった。
僕らは双子の箸であると誰より親身に寄り添ったダニー、彼の人生もせつない。
心のよりどころや自分の存在意義を求めるあまりに、健気なスティーブの姿が痛々しく涙がボロボロこぼれた。
こういう人が存在したのだと、
スティーブが他界したあとにこれだけの情報を整合し出版に至らせた面高夫妻の尽力にも拍手を贈りたい。
親に捨てられホーム(エリザベスサンダースホーム)に入り、そしてホームを離れ遠い異国アメリカに渡り、そしてそのアメリカで「よそ者」として排斥された人のお話です。彼はアメリカに溶け込もうとし、それはかなえられたと思うのです。穏やかな性格で、万能のスポーツ選手だった彼は人々から愛されます。そして「ぼくはもう“よそ者”じゃない」と思うのです。

ですが、その希望はあっさりと壊されます。そして彼はベトナム戦争に行き戦死します。

彼は本当によい人たちに恵まれ、そういう点では間違いなく幸せでした。ですが、やはり自分の居場所は無かったと思っていたのかもしれないと感じてしまいます。

彼が実のところ自分の人生をどう考えていたかは知る由もありませんが、やはりその人生の不条理なものを感じてしまうのです。

彼は「必ず迎えに来るから」という母親と約束の指切りをしました。ですが、結局母親は迎えにはこなかったのです。これがどれほど彼の心に深い傷を負わせたでしょうか。ですが、彼はきっと一時たりとも母親のことを忘れたことは無いのでしょう。

子供たちは本来親の絶対的な愛情によって庇護されるべき存在であることと、同時に差別と言う非生産的な振る舞いは決して許されないことを再確認した本です。


1951年に撮影されたホームの子供たちと園長である澤田美喜の写真がありました。2、3歳から3、4歳と思しき子供たちの顔立ちは実にさまざまです。どの子も間違いなく庇護を必要とする幼子です。どの顔もちょうど自分の息子や娘と重なってしまいました。ですが、私の子供たちは少なくとも両親がいます。しかし彼等には両親がいないのです。そして多くは母親の国からも父親の国からも排斥されてしまうのです。

彼等の過酷な運命に思いをはせ、その写真だけで涙が出ました。
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