人間自身―考えることに終わりなく

人間自身―考えることに終わりなく

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人間自身―考えることに終わりなく

人間自身―考えることに終わりなく


価格:¥ 1,260(税込)
新潮社  (2007-04)
/池田 晶子/
単行本 157ページ
売れ筋ランキング:32528
暮らしの哲学
君自身に還れ―知と信を巡る対話
人生は愉快だ
勝っても負けても 41歳からの哲学
人生のほんとう

他のレビューに於いて、著者の「知ることより考えること」の評価☆マイナス無限大量とした。この私の評価に変わりはない。非常に若い人がその様な表現をすることがあるが、40歳を過ぎた著書としては内容が超低級であった。この様な本初めて読んだ。精神的に落ち込んだが、何故、この様な本が有名出版社が出すのか?今や有名出版社でも、とんでもない本を出す時代となってしまった。これもそうなのか?否、レビューアーの著者の他所の評価は、非常に良いのである!!60歳の理学、哲学博士も、ついに頭脳がパーになったのか(そんな事はありませんが)。著者46歳の若さで、逝かれた。私には著者の経歴、一般読者の評価が、少しだけ気になり、著者、最後と思はれる本書読んで見ました。これは、私には例外的な行為です。前置きは、此処まで本著での著者の言葉「知ることより考えること」とは全く別物でした。真に教養ある人の書かれしレベル中の上の良き本です。所々に哲学を学んだ形跡が見られる。読んで、一般読者絶賛のレビューの訳、分かりました。著者の言う日常の言葉で語る「エッセイ」はまともで丁度好い!この人の個人的なことには興味がないので、かくも異なる本出されたのか分かりませんが、本著は読んでここから学ぶ人も多いいでしょう。これは、☆4つ。怒らないでね!通常の教養ある人の文章でした。
Sept-masque de couleur
 

この世に存在するありとあらゆる社会的事象をその物事の本質から掘り下げ、人間としてどう生きていくべきかを問い続ける作品です。

筆者のことを私はよく知らずこの本を手にとりました。

先鋭的、先鋒的、そしてその生きる姿勢から、おそらく時には敵も多くいたであろうと想像できます。
ま、いいか。と流されることの多いこの社会で、逃げることなくそしてその現象をうわべからだけでなく、本質を捉えようと思索するその姿は、ある一面では辛いことのようにも思えます。

迎合することなく、思索し、ずれることなく、己の道を行き、時にはその舌鋒で周囲から誤解されることもあるその生き様。

小林秀雄に似てる・・・と共感したのは、何も池田氏本人だけではなくいうまでもなくその姿は彼の実存人に通じると感じました。


否定から入り、あいまいな状況は排除し、正しいことを論じるその姿には畏怖と憧憬を感じます。
他者や弱者に対する優しさや共感がこのロジックに含まれていれば、更に共感を感じることができ、私にとっては★は5つになることでしょう。
という感性自体が、筆者にとっては本質でない。と示唆されてしまいそうですが・・・


50歳、60歳になった筆者の更に研ぎ澄まされた先鋭的文章を読んでみたかったなと感じます。
高2のときに「14歳からの哲学」を読んでから愛読していました。
お亡くなりになったと知ったときはショックでした。

このエッセイを書かれているときに病気も進行していたと思うのですが御自分の死と向き合いながら一言一言言葉を残されていたのでしょう。
もっと色々な話を聞きたかった気もしますが、続きは俺自身が自分で考えていかなければならないのでしょう。

「あらゆる思いこみを見抜き絶対自由でありなさい。そして自らなるところの人間になりなさい」とは、とても力強い言葉だと思いました。

池田晶子さんの本を読むと、結局いつも自分自身を省みることになるので、
読む度に違った感想を持ち、勉強になることがあります。
この本からも、いいエッセンスをたくさんいただきました。

・生活が安泰であること自体は、人生の価値ではない
・善悪は自らの内に問うしかない
・自分が自分であるということと、他人に好かれるか嫌われるかということは、全然関係ない

2〜3年後にまた読み返してみたい、そんな気にさせてくれる一冊です。
週刊新潮2006年8月から2007年3月15日号、ブルータス、ランティエに掲載されたもの。池田氏は2007年2月23日に逝去

週刊誌等への掲載のため、時事ネタも多く、池田氏自身の物事の本質を見極めた言説が気持ちよく響く。そしておそらく、すでに死を悟って筆を進めていたのだろう。

ゲームの影響による、死に対する理解の欠如(画面の中で人を一方的に殺し続けていれば、自分が死ぬということは忘れる)。
今の北朝鮮を60年前の日本と比べれば、同じであった事を考えれば、非難できるだけの正当な理由があるのだろうか?と指摘する。
金儲けだけを考える人間はその金の使い方を知らないと指摘する。お金を使う事に知恵を絞らないと。財を手に入れた人間が、次に欲するのは名誉であり、そのお金の使い方にこそ、その人の人格が現れる。お金の使い方の高貴な人が、高貴な品格の人だと。
生活のための教育は、人生のための教育ではない。生活のための教育しか受けなかった人間は、生活のために生きることしかできない。いかに生活するかは知っていても、生きるとは何なのか知らない大人は、たんに先に生きているだけであって、何を知っているわけでもない。このことを知っているから、私は子供に教えたりしない。教えるのは、自分がいかに知らないか、これだけである。(無知の無知より)
「馬鹿野郎。てめえらとは覚悟が違う」小林秀雄が、たむろする群小評論家たちを一瞥して吐くところを、知人は見たそうだ。文章の職人としてこの人から、私は人生の多くを学んだ。(「プロ」といえる人)
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