養老訓 |
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毎度ぼくは主張しています。 人生を楽しく乗り切っていくために、 ・小4までの読み書き計算 ・読書の習慣 は欠かせません。 読み書きについては、語彙が豊富であることが知的にも情緒的にも重要であることを説明しました。 じゃあ、計算はなぜ?、という質問をある方からいただきました。 今日はそれを説明してみましょう。 よく中学生くらいにもなると、子どもは言いますよね。 「方程式なんか習って、大人になって役に立つの?」なんて。 確かに大人になって方程式なんか、生活上も仕事上も使いません。 使う人は科学技術に関わる仕事をしている人、それもまあまあレベルの高い仕事をしている人だけでしょう。 そうすると、そういう仕事を目指しているのでなければ方程式なんか勉強する必要はなさそうです。 つい親もそこで怯んで「役に立たないよ」なんて言っちゃいそうです。 でもそう言っちゃう親は、子どもの頃数学が嫌いで方程式を身に着けていなかったからだったりしてね。 自分を正当化するために、そんなの勉強しても仕方がない、って子どもに言っちゃうわけ。 あはははは。 でも一寸待ってくださいよ。 自分ができなかったから、自分が役に立っていなかったからって、子どももそうとは限りません。 やっぱりできた方がいいものはいいんです。 ぼくは若い頃進学塾や予備校で教えていたことがありますが、「方程式なんか習って、大人になって役に立つの?」なんて言う子どもは、小4までの計算力に難がある場合が多いと思いました。 計算力がないから方程式などちょっと高度な数学を理解できない。 なぜ理解できないかというと「論理」が分からないからです。 「論理」とは「手順」と言ってもいいかもしれません。 算数、数学というのは一定のルールに従って手順を繰り返して正答に導いていく学問です。 数学のできない子どもは、このルールを無視しているか、何段階も積み上げる手順が面倒なだけなんですよ。 このルール、手順は、小4までの計算にもちゃんと仕組まれているんですね。 例えば繰り上がりのある二ケタの足し算だったら、 1の位を足す−>一ケタ目の結果を書く−>10の位に繰り上げる −>10の位を足す−>二ケタ目の結果を書く という手順を積み上げる必要があります。 ケタ数が増えれば、手順も増えていきます。 かけ算、割り算になれば、さらに手順は複雑になっていきます。 割り算など、加減乗除、四則計算すべてを駆使しながら計算していかないと、正答へたどり着けません。 「手順」とは「論理」です。 ひとつひとつ積み上げていって答えを出す、という手順は、算数、数学に留まりません。 国語だって理科だって社会科だって同じなんです。 数字を使わないだけで、やり方は数学とまったく変わらない。 ルールに従って手順を繰り返すんです。 養老孟司『養老訓』新潮社¥1200-にこうありました。 ### 基本があれば力は自然と伸びるものです。 単純な例をあげれば、国語と算数を両方やっておくことで論理的にものを書くことの訓練になるわけです。 何も改めて「小論文」を学ぶ必要はありません。(43p) ### 語彙があって手順を踏めれば、論理的な文章が書けるようになるわけです。 算数、数学はその訓練になる。 中学に入って方程式を習うのも、より手順の込み入ったことに対処する訓練になるからなんです。 論理的な文章が書ければ、大人になっても企画書などスイスイ書けるようになっちゃうんです。 論理的な文章が書ける人は、話すことも得意です。分かりやすく手順を踏んで話すからです。 そんなことより、手順を踏んで仕事を進められない人は、仕事がとてもやりにくくなってしまうのです。 その意味で、算数、数学は人生の基礎になるわけです。 だから、算数、数学は人生に「役に立つ」ものなんだとぼくは思っています。 方程式を解くって、文字式の加減乗除を繰り返すわけじゃないですか。 それは小4までの計算がすらすらできるって前提に立っている。 親が子どもに教えられるのは、10歳までだって思います。 ちょうど小4の年齢まで。 それまではしっかりと家庭で読み書き計算の練習をしていきたい。 それは躾の一部でもあると、ぼくは考えています。 養老先生70歳記念。 訓の壱 不機嫌なじいさんにならない 訓の弐 感覚的に生きる 訓の参 夫婦は向かい合わないほうがいい 訓の四 面白がって生きる 訓の五 一本足で立たない 訓の六 こんな年寄りにはならないように 訓の七 年金を考えない 訓の八 決まりごとに束縛されない 訓の九 人生は点線である である。それなりに養老先生の本は読んできたのだけれど、口述筆記の編集者が変わったのか、それとも少し大人になったのか?(笑) 明らかに悟りを開いたような養老さんなのである。 もちろん基本的にはこれまで何度も言って来た事ばかりなのであるが、初めて読む方には非常にスラスラと読みやすいだろう。逆にそれなりの養老ファンからだと、突っ込みどころも多い(これは明らかに養老マジックだとは思うが)本でもある。 孔子の「70にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず」に到達した者が欲望に苛まれる若者、そして不機嫌な爺たちに送るメッセージなのだ。 ■解剖学者で脳科学者で京都国際マンガミュージアム館長で70歳の養老が、老人文化の大切さを説く。 ■(以下大意)《本は、自分で結論にたどり着くための道具だ》《若い人が危なっかしいことをしているときにひとこと言うのは老人の立派な仕事だ。お前さん、そんなに頑張っているけど、いずれは死ぬんだよ》《田舎には石がゴロゴロしている。転んでも仕方がないと思う心が大切だ》 ■実に面白くて感動! 養老先生による人生訓です。 いままでの著作と同様に世間の常識とは違ったことを、こんな考えはどうだ? というふうにやわらかく理屈もつけて語っています。 歴史的名著のように心に響くかと言ったらそうでもないかもしれません。 けれども大きな社会変革をすべきだとか、概念ばかり先行してしまって 現実から離れてしまったことを書いているわけではなく、 他人をどうこう、社会をどうこうということをなしに、 今すぐ自分ひとりではじめられることばかりな所に好感がもてます。 毎度、養老さんのおっしゃることには共感してしまいます。 でも、私のような(40台前半)若さで、養老思想に共感していていいのだろうか? もっと、欲をもって、出世街道やら金儲けやらに邁進したほうが健全ではないのか? などと自戒しつつ読み進めました。 そうしたら、この本の最後のほうに書かれていました。 「ただし、あまり若いうちから欲を超越しているというか、煩悩が薄いというのもいささか問題です。若いうちに欲がある、ということは一芸に秀でることにもつながります。ある程度欲に苦しんだ経験があるほうがいいように思います。」 やれやれ。まあ、そうなんでしょうね。 養老訓を楽天で検索 |