新・戦争論―積極的平和主義への提言 (新潮新書 229) |
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マクロな視点から見た戦争論として、おもしろかった。 だけれど、あまりに理論というか考えがすっきりし過ぎていて、 世の中こんなに単純なのかなとも思う。 特にイラクへの攻撃を「軍事制裁措置」と捉えてしまうのは疑問。 アメリカが行ってきたことを顧みずに、制裁する権利を認めてしまうのはどんなものか。 題名に「新」が付くからには、新しい戦争観が論じられるのかと思ったら全くの期待ハズレ。前半御託を並べているが、結局、著者の意図は「積極的平和主義(=意味不明)の実現のため、憲法九条を改正して、自衛隊を軍隊化し、アメリカ軍の統制化に入ろう」という自民党の主張そのものである。著者が外務省出身である事から当然の帰結か。 「アメリカの核の一元管理によって世界の平和が保たれている」等という主張は、ソマリア、イラク、パレスチナでの失敗、コソボの民族紛争やミャンマーの軍事弾圧などに光明が見えない現状では何の説得性も持たない。軍事力だけでは平和が保てない事は明らかで、そのために著者は「積極的平和主義」なる概念を持ち出して来たのだろうが、その具体論がなく、上述の主張をするための詭弁としか思えない。 日本にとって「積極的平和主義」とは具体的に何なのか、持って回った言い方ではなく、ハッキリ述べて欲しかった。 著者の現状認識や提言については賛否あると思うが、まず戦争やそれらに付随する事項の定義するためには自己の判断基準も示す必要があり、そこに「間違いだ!」と批判する類はまさに観念主義者そのものだ。 自分の考察によって定義した議論の題材を明確にした上で、それらについて論ずる態度は学術的に真摯であり基本である。 その基本が無視されてきたのが日本国内の戦略論であり安全保障論である。 イデオロギーを問わず今までは実は議論になってすらいなかったところに一石を投じる著者の姿勢は素直に評価したい。 ミクロ的な戦略論や戦術論も次作があれば是非読んでみたい。 残念なのは、著者自体の定義を示すために過去のモデルケースの列挙にページを割きすぎた点。 私はこれまで、近年の「戦後レジームからの脱却」関連の動きには疑問を感じてきたが、立場を同じくする一世代上の反対論者の議論の弱さに、20代の私はどこか疑問をぬぐいきれずにいた。そこにようやく溜飲を下げてくれたのが、本書のキー概念である「積極的平和主義」である。 著者の主張には賛同できない部分もあるが、本書の冷徹なまでの現実認識は、思想的立場の如何を問わず通過すべき議論ではないか。思えば、明治維新から第二次大戦以前位まで日本を牽引した志士、政治家や外交官が持っていたのは、本書を貫く硬質な現実認識ではなかったか。本書は一般市民に向けたものであろうが、政治家や外交官にこそ薦めたい内容である。「平和主義」は思考停止をもたらす錦の御旗であってはならない、ということに気付かされたのが最大の収穫だった。 惜しむらくは、内容の重厚さに比してややタイトルが安直であること(同名の書が多すぎる)、そしてタイムスパンを壮大にしすぎて―本書の意図、および新書という性格からやむを得ないかもしれないが―議論が大掴みになりすぎたことである。しかし、「戦争と平和」という人間にとって永遠の課題である問題に基本的認識を与える好著であることは間違いない。昔の新書を思わせるスタンダードな内容であり、ロングセラーとして読み継がれることを望む。 サブタイトルをみた時には、憲法第九条を固守する内容かとも思いましたがそうではなく、軍事力を肯定した上で平和を実現することが可能であることを示しています。 そのために戦争という人類史をひも解き、その大きな流れを示し、フランシス・フクヤマの「世界の終わり」が徐々に実現しつつあることを検証しています。 日本の採るべき国際貢献への選択肢も明快で、感動すら覚えました。 新・戦争論―積極的平和主義への提言 (新潮新書 229)を楽天で検索 |