ハチ公の最後の恋人 (中公文庫) |
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ばななさんには、きっと、その時、その年代、その時代の空気を 普通の人以上のアンテナでキャッチする力があるのだろう。 この本を改めて、パラパラと読み返してそんな風に思った。 私はこの本を読んだ時、24歳でまさしくこの主人公たちの様に大恋愛をしてしていた。 明日、終わるか、終わらないかそんな切ない思いをしていた様に思う。 だから、まるで自分の事が書いてある様で思いっきり自分を投影してしまった。 そして、わんわん泣いた。 出てくる主人公たち全員がなんの裏もなく純粋で 真っ直ぐで「切ない」とはこのことだ!と言うピッタリな言葉が何個も出てくる。 風景にも言葉にも振る舞いにも。 終わってしまうものに対しても情熱的で、今を生きるものの別れについて 「私はハチを忘れないが、忘れるだろう」の 一言に集約されている様に思った。 ばななさんの作品を読む度に思う感情。きっとその時の社会の闇や心の闇のようなものを しっかりと見て代弁してくれているのだろうと思う。 切なくて甘くて泣けて、そして若い大恋愛のお話。オススメです! ハチ公の最後の恋人、というタイトル通り、マオとハチに別れは訪れる。 お互いに嫌いになったわけではないけれど住む世界、住みたいと思う世界や 目指すところがが異なってしまい、訪れる別れ。 それはきっと私達にもごく普通に起こる出来事なんだと思う。 好きだから別れは辛い。けれど、一緒に過ごすことができない。 別れの後に苦しんで苦しんで寂しい気持ちを味わって、マオは気付く。 「死んだわけじゃない。生きているんだ。この瞬間も、どこかの空の下で。」 そのことを泣けるほど嬉しいと思える出会いと、 想いの深さを気付かせた別れが切なくて泣きそうになった。 いろんな出会いがあって、別れがあって、 そういったたくさんの出会いと別れを繰り返して、私達は自分自身を形成していく。 どんなに大好きな人でも、どんなに大切な人でも、 私達は別れて時が経つと「忘れないが、忘れるだろう。」 そのことを「悲しいが、すばらしいことだ。そう思う。」という言葉で 綴ることができるのは、すばらしい出会いだった証拠だと思う。 個人的に主人公の恋人"ハチ"が理想の恋人像でした。 主人公とハチの関係も理想。 別れてしまうところ以外は。 ずっと一緒に居て、空気みたいに居心地のいいハチのような人と 深夜のカフェでのんびりしてみたい。 2人が強く望めばこれからも一緒にいることはできるはずなのにそうはしない。 心の奥底ではそうしたいと願っていても違う未来を選ぶ。 こういうことってきっと普通のカップルにも起こりうることだと思う。 物語全体が不思議な世界観を持っているけど、 割とすんなり入り込める。 むしろ今では私の生活の中にも溶け込んでいるくらい。 電車に乗ったとき、カフェでお茶してるとき、 そっとこの物語を思い出しては "今ここに居る中の誰かがハチとマオ(主人公)なんじゃないか" と考えてしまうくらいお気に入りの一冊です。 よしもと先生の、精神世界に対するこだわり、 その要素を上手に使った傑作だと思います。 宗教によってがんじがらめにされた少女が、 宗教に深い関わりを持つ青年によって 解放される物語。だからといって怪しいものではなく、 日常に潜む奇跡や、少女と青年の人生に対する 深い洞察が垣間見え、不思議で美しい物語に なっていると思います。 切ない恋だし、ハチとマオのその後も気になりますが、 それ以上に生きることのすばらしさを 感じさせてくれると思います。 終わることがわかっている中で進んでいく恋の物語。 すごく日常的で、平凡な空間の中で描かれているんだけど、なにか魔術がかったというか、ふわふわした感じが心に引っかかってくる。 終わりで主人公ははっと気付く。そのためか不思議と読後感はすっきりしたものなのだ。 ハチ公の最後の恋人 (中公文庫)を楽天で検索 |