私のマルクス |
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こんな自伝にマルクスの名を冠することができるのは、氏のマルクス理解が特異なものであることを裏書する。内容は当時すでに崩壊していた暴力革命派の教師との接近や、親戚との軋轢など、革命家気取り崩れの人たちが酒飲み話で語る愚痴と大差ないと思う。こんな話をマルクスが再び売れるようになったからといって、本にするのは、これからマルクスに接する人たちがまともにマルクスを理解するための障害になるとしか思えない。 もし、あなたがマルクスを理解したいと思うなら、この本は薦められない。 佐藤優氏が自身の思想形成の軌跡を高校、大学時代の知的交流を通して雄弁に語っています。佐藤氏自身の関心事であるキリスト教、資本主義(の内在的論理)、マルクス主義の三つのことを中心にし、我々にとって馴染みの薄い神学、ロシア思想などの世界を分かりやすく解説しています。資本主義は恐慌の繰り返しで永遠に続くかのように見せている(261頁)、また社会主義とキリスト教には親和性がある(96頁ほか)、との指摘は興味深かったです。本書はキリスト教、資本主義、マルクス主義の論理を一般の人にも分かりやすく伝えようとしている点は評価できます。 ただ自叙伝という体裁をとっており、若い佐藤氏と友人たちとの熱い交流を見せられると、こちらが気恥ずかしくなり、佐藤氏の主張が読み取りにくくなりました。そして本書も「自慢話」に聞こえてしまう嫌らしい箇所もありました。また上記の三つのテーマを分かりやすく解説しようとするあまり、どこか表面的な思考に留まっているような感じがしました。それから佐藤氏と友人たちや先生たち会話では佐藤氏が主導権を握り、同氏の独擅場といった恐ろしい空間が構築されているように感じました。佐藤氏の物事を割り切った確信は読者を彼の論理あるいは価値観に取り込んで行くかのようで、無気味でした。 起訴休職外務省事務官である佐藤さんの青春記でもある。 生涯において3回のマルクスとの出会い(1975年ハンガリーでのキャンプ場、同志社大学神学部そしてソ連崩壊の1年後モスクワ国立大学哲学部)のうちで2回の出会いに関して。 1960年生まれの佐藤さん、私は1959年生まれであるが学生運動を知らない。 佐藤さんは高校時代(浦和高校)から猛烈な読書家でもあり思想、宗教、経済等に興味を持っていた。そしてなんと高校1年で東ヨーロッパの一人旅を挙行。東大文2受験の失敗浪人後、琉球大学に受かるが同志社の神学部へ進む。そこでまさに生涯の友や師に出会う。勉学、酒、学生運動の中にカリスマ性を発揮しながらも外交官の専門職試験を修士課程の後にパス。 佐藤さんのスタンスでなるほど思うのは「真理は一つでなくても良い、幾つかの真理があってよい」という思考の柔軟性だろう。 この本を読んで彼の500日を超える拘置所生活を耐え抜いた精神を垣間見た気がする。そして自分がいかに無教養であるかを痛感するのである。 後編が待ち遠しい。 佐藤優の学生時代の思想遍歴を中心とした半自叙伝。これを読むと、彼の原点は母親の沖縄戦の体験と、キリスト教体験にあるようだ。この本でも述べられているが、人は自分の考えを新たに作るのでなく、原点の考えを確かめていることがよくわかる。 マルクス主義、キリスト教神学の考えは、私には表面的にしかわからないので、彼がどこまで深い理解をしていたのかはわからない。一般的には、当時の学生運動のありさまがわかるのが興味深いのではないか。 神学部という独特な学部にあることが、彼らの団結を深め、普通の学生生活とは異なっているように思える。当時は、バブル前期の好景気だったと思うが、そのような様子はこの本の中では見られない。 いずれにしても、この続編が待たれる。 特異な論客、佐藤優氏の論文は、雑誌「諸君」に掲載中の「保守再建」などで興味深く読ませてもらっている。その生い立ちを知りたいところである。本書は1960年生まれの佐藤氏が浦和高校を経て1979年、同志社大学神学部に入学・卒業して1985年に外務省に入省するまでの半生記である。著者は生涯でカール・マルクスに三回出会ったことがあると言うが、その二回目までの出会いの記録でもある。 無神論を学ぶために神学部に進学したというのが凄い。常人には理解できないが、マルクス主義者にとってもキリスト教信者にとっても無神論は避けて通れないことなのかも知れない。それにしても神学部に入学してまもなくキリスト教の洗礼を受けたというのは少し理解しがたい。このような論客がこんなに簡単にキリスト教に入信するとは。 ソ連邦の崩壊にともない、まだ共産主義を標榜する国家が一部残っているもののマルキシズムに対する評価は過去のものとなった。しかし、マルクスの思想は哲学、経済学、革命など広くに亘っており全てが否定されたわけではないのだろう。著者は「過去に自分がマルクス主義者であったことは一度もない」というが、これからもマルクスは本人が自覚するかしないかに関わらず、「マイ・マルクス」の形で人々の心の中に生き延びていくのかも知れない。 私のマルクスを楽天で検索 |