ダライ・ラマ自伝 (文春文庫)

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ダライ・ラマ自伝 (文春文庫)

ダライ・ラマ自伝 (文春文庫)


価格:¥ 660(税込)
文藝春秋  (2001-06)
/ダライラマ/
文庫 436ページ
売れ筋ランキング:2900
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 本書は、1935年チベット北東部に生まれ、5歳で第14世ダライ・ラマとして即位した人物が、ダライ・ラマとチベットの「真実」を公表するために、1990年に刊行した自伝の邦訳である。チベットは歴史上独立国家であり続けたが、1950年以降建国直後の中華人民共和国の人民解放軍によって事実上軍事占領され、中国の一部に編入された。中国政府はそれ以後チベット人とその文化を抑圧し続け、1959年の武装蜂起を機に、著者はインドへの亡命を余儀なくされる。中華人民共和国加盟前の国連総会でも数度にわたってチベット問題に関する決議案が採択されたが、中国は政策を変えず、開発、民族運動の弾圧、中国人の移住を奨励し、大量のチベット難民を生み出している。著者はこの中国政府の非道を国際社会に訴え、難民の生活維持に配慮し、非暴力を掲げつつもチベット人が暴力に走らざるを得無い事情にも理解を示しつつ、和平五項目(平和地帯化、移住政策の廃止、基本的人権と民主的自由、自然環境保護と核の排除、話し合い)を提案し、1989年にノーベル平和賞を受賞した。本書は、当事者の回想であるために、体験が具体的に語られているという長所を持つが、他方でそれゆえの偏りもあるだろう(著者がどれだけチベット全体を代表しているか等)。また著者は諸宗教の共存、科学と宗教の調和、民主主義への共感を表明する開放的な人物であり、敵味方を問わず個人の人格を尊重する立場である(共産主義思想や中国人一般に対する見方も、必ずしも厳しくない)が、本書では仏教僧にしてチベット代表としての立場が全面に出ており、社会科学的分析は欠如している。とはいえ、本書からは著者が苦難の中で培った温かい人柄を読み取ることができ、またチベットの社会やダライ・ラマの等身大の姿が分かる。

決して格調高い名文ではない。それは、訳がちょっと良くないということもあると思いますが…。
著者はしがきに「時間的制約があっていきなり英語で書くことにしたが…、微妙な言い回しが、
思うように正しく伝わらない懸念も十分承知していた」とあり、母国語ではない英語で書かれた
文章を、これまた英語の授業の翻訳みたいな感じで訳されているので、少々残念です。
しかしそれでもなお、猊下の情熱、確信。また猊下をどこまでも慕うチベット人民の宗教心の篤
さが十分伝わってきて、心を動かされるばかりです。
北京五輪直前にチベットで暴動が起こったことをきっかけにこの本を読み始め、五輪期間を通じ
て少しずつ読みました。
中国という国に関する情報は、この本に十分著されていますし、五輪をきっかけに各国メディア
を通してかなりの報道がなされ、私たちもずい分中国のことがわかってきたと言えるでしょう。
それは、「控えめに見ても、ちょっと理解を超えるなあ」と表現して差し支えないと思います。
しかし猊下は世界を代表する仏教者として、理性的にかつ抑えたトーンで中国を心配し、チベット
人民にどこまでも慈愛を運び、根気良く粘り強く活動を継続してきたし、それはこれからも変わら
ないでしょう。
キリスト教でも「右の頬を打たれたら、左の頬を」と言いますが、長い歴史の中でどうであったか。
仏教者である猊下は一貫して非暴力、寛容を説き、ぶれることがありません。
チベットと中国の関係、猊下の人柄のみならず、仏教の根本思想まで理解できる名著です。
4月に日本に帰ったときに買った本。
3・14以降、なんだかんだ言う前に、
俺って、結局何も知らないじゃんって思って、
買った本。空港の本屋で平積みになっていたので、
衝動的に手に取ったというのもありますが。

1989年にノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ14世。
1940年に5歳のときに13世の生まれ変わりとして、
即位した彼の半生と、祖国チベットを侵攻した中華人民共和国
とのやり取りを、そして、チベット人民の生活の様を、
ダライ・ラマ自身によって綴った自伝書。
1990年に英語版で発行され、翌91年に日本語訳された。

今から18年前に書かれたものであるものの、
今なお続くチベット人民への圧政。
そして、亡命政府と名乗り、チベットに帰ることの
できない、ダライ・ラマ14世。

ただ、漠然としか知らなかったこの半世紀以上の出来事を
改めて理解することが出来ました。
また、この半世紀以上という時間の長さも感じながら、
既に破壊されてしまったチベット文化の回復の
可能性はどれくらい残されているのだろうかという
危惧も抱かずにはいられません。
チベット「自治区」の自治を回復したとしても、既に
そこには多くの漢民族も移住しているわけで、
チベット人だけのくにに戻すことは現実的には
不可能になっているのだから。
当然、事実追認するというつもりもないのだけれど、
植民地支配による文化破壊の恐ろしさを痛感しました。

帝国主義下の日本による事実上の植民地支配を受け、
虐げられてきた中国が、その後の新しい政府である
中華人民共和国政府によって、「隣国」チベットを
植民地支配してしまったということは、なんとく皮肉だろう。
また、中国国内ですら、文革の時代を経て、蛮行が
横行した時代、植民地であるチベットでの治安維持で
更なる残虐な手段が用いられたというのも、
歴史のめぐり合わせなんだろうか。

実際のところ、1949年の中華人民共和国成立以降、
翌年の50年にチベット侵攻があって以来、チベットは
中国の一部として地図の上では描かれている。
一般の中国人民にとって、チベットは中国の国土の一部で、
独立主張するなんてとんでもないと考えるのは
仕方がないのかなとも思う。
なぜならば、そういう教育を受けているから。
また、政治的にも、資源の有用性から北京政府がチベットの
大地を手放すとも思えない。

しかし、チベットで何が起こっているのか。
何が行われてきたのかを中国人民にも知って欲しい。
この本を読んで、ダライ・ラマ14世の人となりを知って欲しい。
そう、強く感じてやみません。

ダライ・ラマ14世はこの7月で73歳になります。
彼が無事にチベットの地で「生まれ変わる」ことが出来るのか。
変わり行く中国の中で、チベットの位置づけはどうなっていくのか。

ただ、がむしゃらに"Free Tibet"と叫ぶのではなく、
どうかかわっていけばいいのかなって考えていきたいと
思います。


本書の前半は、タクツェルというラサから遠く離れたチベット北東部の村でダライラマとして見出され、
ダライラマとして教育される幼少期から24歳でインドに亡命するまでが語られている。
ポタラ宮での生活や青年期における中国との外交などが詳しく語られるとともに、
数万の群衆に囲まれたポタラ宮からインドに脱出するくだりは、
ほんの50年前にあったこととは思えない出来事であり、あたかも冒険譚を読むような感覚である。
「チベットがまだ自由な国であったときに思いをはせるにつけ、そのころが私の生涯で最良の日々であった」
というように、中共軍がチベットに入ってくるまでの時期がちょうど子供から大人へと成長する時期と重なり、最も良い時期であったに違いない。

インドへの亡命後の後半は、一転してチベットへの思いや宗教への思い、中国との関係に関する考察が語られる。
ダライラマの考え方、哲学・思想といったものを多少なりとも感じ取ることができ、とても示唆に富んでいる。
哲学・思想といっても、幼少期はやんちゃ坊主であり、年を取ってから若いころにもっと勉強をしておけばよかったと振る返るなど、
とても親しみを覚える方だからこそ全く堅苦しくなく読むことができた。
仏教思想を基にした人間・社会・宗教への思いは普通の人が語ったのであるならば、胡散臭く、説教くさいものと成ってしまう可能性もあるが、
これだけの苦労を重ね、確固たる理念を持っている人だからこそ、心に響き、少しでも近づけるようにと共感が持てる。

近年のチベットの歴史、ダライラマという人物を知るには格好の書だと思う。
ダライラマの半生、思想には深い感銘を覚えたし、また、中国やインドに対する理解も深まった。
今度は、ダライラマも尊敬するガンジーの一生について読んでみたいと思う。
ダライ・ラマの生い立ちからインド亡命生活までの波乱の半生を綴った自伝です。
氏の宗教的&政治的指導者の能力、世を達観した人生観に圧倒させられます。
それにしても中国が如何にチベットを侵略していったかが分かります。情報鎖国
の背後で、入植した漢民族(国家警察)が支配層として君臨することでチベット人
を抑圧し、チベット文化を破壊しました。中共という国家の本質が表れています。
「中国はいかにチベットを侵略したか」(マイケル・ダナム著)もお勧めします。
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