レイアウトの法則―アートとアフォーダンス |
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世界の見方を変えるための学問を、ゆっくりとだが確実にすすめている人のひとりがこの著者であると思う。「生態心理学」という、実体を想像しにくい名前のもとで行われているが、ようするに環境の配置と人間の動きの徹底的な観察を通して世界の正体を説明するための活動だと考えていいだろう。この人の本を時系列順に読んでいくと、うわあ、認識と思考がだんだんと進化し、それにともなって言葉づかいも変わってきてるなあ、という印象をすごくうける。 本書は、比較的あたらしいエッセイや対談を中心に構成されている。短いエッセイは、およそ難解である。ものの見方が革新的なのに加え、著者が独特の詩的感性を発揮しまくっているので、初見者には意味不明である。『知性はどこに生まれるか?』(講談社)あたりで予習するのがいいかもしれない。 が、対談がすばらしいので、ここからいきなり入ってもセンスのある人ならピンとくるのではと思う。建築・写真・本の製作など、相手に応じて話題は多様だが、すべて世界の把握の仕方についての原理的な、でありながら文芸的な言葉がかわされる対話となっていて、読書中、ところにより身震いがしてくる。アフォーダンス論の現在について、アートな対談を通して知ることのできる、これは良書である。 難解な本でもあり、筆者の意図とは異なる解釈をしたかもしれないが、無意識の内に私がデザインに求めていたものの正体は、アフォーダンスと呼ばれる性質の提供なんだと嬉しくなった。 本書は、デザインのノウハウを記した解説本ではない。本書におけるレイアウトは、モノを意図的に動かし、配置したり設営したりする行為を指すわけでもないようだ。 ただ存在する質感を持つ環境=レイアウトの記述ではなく、ヒトや動物の行為との関連で環境を定義しているところが素晴らしい。だからこそ、ヒトが使うデザインのあり様にも示唆を与えてくれるように思う。 様々な周囲・環境と行為者・受容者の入れ子構造のインターラクションが美しくレイアウトされている。縦書きのテキストのカッコ良さを感じた初めての本かもしれない。 日本におけるアフォーダンス理論紹介の第一人者が、いわゆるアート・デザイン系のトピックにアフォーダンス理論を読み込んでみせた本。 デザイン系の実務者との対談が半分、アート系のトピックによせてアフォーダンス理論を語った部分が半分という構成である。対談以外の部分も研究書の体裁ではなく、エッセイ的な文章となっている。ただしアフォーダンス理論の基礎概念の説明が所々足りないような印象があるので、いきなりこの本から入っても立ち往生するのではないだろうか。まずはきちんとした概説書を読んでから、アート系に繋げたい人がヒントを探す為に読む本である。 新聞や雑誌のページを割り付けたり、洋裁の型紙を割り付けたりすること。レイアウトとは通常そのような行為を意味するデザイン用語とみなされている。だがその射程には、芸術や表現行為全般が含まれているのではないか、その根底には、人間の知覚・感覚の本質とも共鳴する何かが潜んでいるのではないか? 本書は「レイアウトとは何か」というささやかにして大胆な問いから出発し、多彩なアプローチによってその核心へと迫っていくことを意図して書かれた書物である。 この独創的な問題提起を可能としたのが、サブタイトルや帯でうたわれているアフォーダンスという視点の導入である。本来これはJ.J.ギブソンが発案した「協調としての行為が関連する環境の性質」を意味する生態心理学の概念なのだが、日本におけるこの分野の第一人者として知られる著者は、人やモノの表面の「肌理」へと注目することによって、今までの研究蓄積をレイアウト概念の再考察へと生かすことに成功した。絵画、写真、建築、組み版、相撲、リハビリテーション、ダンスなど取材の対象は多岐にわたるが、著者はこれらの事例を「光」「余白」「力」などの切り口から注意深く観察し、それらにうかがわれるレイアウトの本質が「肌理の性質を持った周囲」にあることを説得力豊かに論証していく。D・A・ノーマンの『誰のためのデザイン?』にみられるように、アフォーダンスと表現の関係というと従来は狭義のデザインに限定されていた観があるのだが、本書の問題提起はその裾野を大きく広げ、芸術全般を本格的な考察の対象とする可能性を開いたに違いない。 ところで、対話者の1人として本文中にも登場する鈴木一誌が手がけたブックデザインについてもひと言触れておくべきだろうか? 本書を一読した後、通常どおりの意味でも十分美しく読みやすいそのレイアウトの違った側面に目が止まるようなら、しめたものという気もする。(暮沢剛巳) レイアウトの法則―アートとアフォーダンスを楽天で検索 |