新釈 走れメロス 他四篇 |
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「走れメロス」はとてもバカバカしい内容なのに 臨場感あって、手に汗にぎり、不覚にも引き込まれてしまった。 しかし、まるで「うる星やつら」で諸星あたるが追いかけられているようだ。。。 芽野が“あたる”で芹名は“メガネ”ってところか。 太宰びいきの私は、「走れメロス」の文字を目にし、読んだ。〈新釈〉という言葉が腑に落ちる。パロディとは、一種の〈批評〉である、と気づかされる。 たとえば、太宰版の暴君は、徹底的に人を信じない、信じられないから、殺してしまう。そんな王が、実在するだろうか(いや、君、これは、虚構なんだから、んなことは言わんでも、と言われれば、それまでなのだが、まあ、いいじゃないか。言わせてくれよ)。そんな王は、古今東西、存在しなかった、と私は思う。本当は、心の底では、人を信じたいと願っていたはずである。そうでなければ、結末部で、私も仲間に入れてはくれまいか、などとは言わないはずである。森見さん版でも、暴君は、人間不信地獄から逃れたい、心の底ではそう思っている、そんな人物として登場している。要するに森見さんは、太宰「走れメロス」から、一つの真実、――王は、本当は、人を信じたかった!――を、掴み出し、本作に定着させたのである。 余談だが、筒井康隆さんの『文学部唯野教授』もパロディ化することによって、原作にある真実を掴み出し、定着させた作品である。このことは、『文学部唯野教授』のレヴューのところで書いた。また、たとえて言うならば、パロディとは、似顔絵である。そこにデフォルメがあるかもしれないが、それゆえに、真に迫っている。批評を真に生かすのは、あるいは、パロディの右に出るものはないのかもしれない。ってのは、私の根拠のないカンである。 面白いです。 昔の文学作品五篇を、現代(?)の京都に舞台を移して描いてます。原作ではそれぞれ全く関連性のない独立した物語ですが、この新釈版では一つ一つの物語の舞台も登場人物も密接に関連しており、原作を知っている人でも新しい視点や解釈の仕方で楽しめると思います。 特に好きなのは“山月記”で、笑えたのは“走れメロス”でした。“百物語”はちょっと期待はずれかな... 深い...!! 面白い着想の本だなと感心しました。こんな本が出せるなんて!許されるなんて!これ、新しい一つのジャンルになるような気がします。「オマージュもの」とかいって。作者も偉いが、出版社も偉い。他にもやってみたいと思っている人いるんじゃないでしょうか?他の作家が書いたものも読んでみたいですね。「競作」とかいって。「坊ちゃん」とかお題を与えて、数名の作家に書いてもらうのも面白いかもしれません。 しかし、自分が思い入れをしている作品がカスタマイズされているとやはり悲しいですね。お前この本のテーマわかっているのか、と叫びたくなります。 歴史的に名の知れた古典的名作を モリミー流に料理してしまったすごーく大胆な試みの本です。 本編中の5つの話の登場人物などは少しずつリンクしていて、 連作短編集の味わいもあります。 「詭弁論部」「図書館警察」など 森見ワールドではおなじみのキーワードも多数登場するのが、 モリミーファンには嬉しい♪ 名作を下敷きにしているのは間違いないんだけど、 自分の持ち味を巧みに詰め込んで、 完全に自分の世界に染め上げてしまってるからすごい! 才能はもちろん、その勇気と潔さもタダモノじゃない。 やられてしまった歴史的文豪たちもきっと驚いてるでしょうね(笑) いちばん好きなのは「走れメロス」。 オリジナルになじみがあるし、 モリミー流のバカバカしさがいちばん色濃く出てるのもこれだから。 こんな友情もいいなぁ。 こんなバカな友情を素敵だと思える自分までも好きって思えた。 最後の踊りの場面では笑い以外にもなーんかこみ上げるものがあるのよね・・・。 今も昔も若者たちの「苦悩」の素って根本的に変わらない。 だから現代の人も古典小説を楽しめるんだ。 小説に限らず、本当にいいものって“永遠”なんですね!! 新釈 走れメロス 他四篇を楽天で検索 |