武士の娘 (ちくま文庫) |
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この本は、アメリカに渡った長岡藩の家老の娘、というような宣伝文句で報じられていたので興味を持って買った。 この本の著者の難しい名前、鉞子とは、エツコと読むらしい。大体そのようなことも著者の旧姓が何であったかもこの物語を語るには枝葉末節のことと著者が考えているようで、詳しいことは書かれていない。それを表すかのように、この文章全体が無駄を省いた、まことに格調高い文語体形式で書かれていて、このことからも著者の並々ならぬ教養と精神のあり方がうかがい知れるのであった。古きよき時代の為政者の家族の生活や考え方が、初めから終わりまで、凛として一本筋の通った考え方に貫かれて書かれている。 これもこの本の訳者の後書きに書いてあるだけなのであるが、どうやら原本は英語で書かれており、それを訳者が著者のお宅に伺いながら一つ一つ丁寧に日本語に訳していったもののようだ。 更に感心するのは、アメリカにわたってからの彼我の考え方に対する著者の見方である。決していたずらに批評するのではなく、習慣の違いは違いとして認めながらその底に通じる人間愛や思いやりを見つけて、アメリカ人であれ日本人であれ、変わらないものがあるのだと考えるバランスのよさと理解に満ちた考え方に並々ならぬ著者の人間性を感じたものである。これは頭のよさというよりも、人間の心の深さと捉えたほうがよいのだろうと思う。 その後著者や娘さんは日本に戻ってこられたと、この本にそれをほのめかすようなことが書かれていたが、今その御子孫達はどうされているのだろう、太平洋戦争のときなど、著者はどんな思いで居られたのだろうなどと想像すると、興味深いものがある。 まずは表題にひかれて読みました。・・・の娘。当時であれば当然の自己認識であったと思われます。欧米社会の個人認識の社会に対しては先ずは個人のパーソナリテイーよりは・・の帰属意識が先ずは先に出るのでしょう。今の日本であれば反対に非常に懐かしく、安心感のある自己認識です。個人主体の欧米社会で武士の娘としての自己認識から感じたこと、考えた事などは 決して当時の日本の女性が従属的なだけの存在で無かったことが想像出来ます。 ・・・の者である自己認識を持つことはいまの私達に従順と従属だけをもたらすのではなく 誇りと規律と調和をもたらすのかもしれません。 世界名作童話などでアメリカやイギリス、カナダなどを舞台にした 少女のお話が一杯ある中、日本人の女の子の話はないなあと思って いました。そんな時、この本を読みやっと出会った!!と感じました。 現代の私達からは過去の日本は既に知らない世界であり、アメリカ だからこそこの本の面白さがわかるようになってきたと思います。 原作はアメリカでアメリカ人に向けて英語で書いたものです。日本語 そんなことを考えながら読んでみるのも面白いと思います。 「住むところは何処であろうとも、女も男も、武士の生涯には何の変わりもありますまい。御主に対する忠義と御主を守る勇気だけです。」 旧長岡藩の元家老の娘として明治維新後に生まれ、武士の娘として育てられた著者が、十代の若さで顔も知らない相手に嫁ぐために渡米する前夜、祖母から贈られる言葉です。 「御主」を例えば「愛する者」または「自分の信念」に置き換えれば、これは見事に人間の生き方の理想ではないでしょうか。 実体験として語られる上級武士の家の仕来り、婦女子の教育が興味深く、そこで培われた「芯」を持ちながら、新世界にも柔軟に対応していく著者の人間性に頭が下がります。 当時とは比べものにならない便利な世の中に暮らし、「自由」を当然のこととして誰に憚ることなく自己主張できる現代で、真に忠義と勇気を捧げる対象を持たない自分を恥じ入るばかりです。 武士の娘 (ちくま文庫)を楽天で検索 |