終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル (ちくま文庫) |
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果たして、宮台真司がいうほど現代は生きにくい時代なのか。 確かにもう成長幻想はないし、がんばれば目の前にすばらしい世界が広がるわけでもない。 だからといって、僕は宮台真司ほど絶望していない。 肝心なのは受け止めることなのではないだろうか。 そうして自分の足場を固め、踏ん張って生きていくべきなのではないだろうか。 「生きにくい」とか「閉塞感」とか、言葉が独り歩きしている感がないわけでもない。 それに流されてしまうと、上っ面だけしか見えてこないのではないだろうか。 友達に勧められて初めて読んだ宮台作品。 輝かしい未来のない「終わりなき日常」に 適応するため、まったり生きるといいのでは と言っていた作品。 まったり生きればオウムに救済を求めることもなくなるとも言っていた。 茶髪を「脱力」として扱っていたことには はっとさせられた。 「薄汚れたどぶ色でも、あるひとときは眩いばかりの純白を放つ」という部分は ミスチルが言っている「この醜くも美しい世界」と似ている気がして興味深かった。 自分の中にあったモヤモヤしたものが 整理されてスッキリした。 複雑な社会を結構体系的に描けちゃう宮台っていう 人は頭いいなあと思いました。 一部の人にとってはめちゃめちゃにきつい本でしょうね。 ブラセラ女子高生を礼賛してきた宮台。たとえば、子供の頃から塾に通って、勉強して、いい大学に入って、いい企業に入って、そのあとに何かあるか? 何か劇的な変化はあるか? そんなものはない、という。終わりなき日常。 劇的な変化なんてないからこそ、冴えないやつは一生冴えない、モテないやつは一生モテない、そして、今の社会はそれを救う受け皿なんてもっていない。だから、最初からそういうのをあきらめきって、まったり生きようと。そうじゃないと、必ず犠牲者が出るよ、社会のコミニュケーションスキルレベルが底辺の連中は必ずイタイ目見るよ、と言っております。 救いがあるんだかないんだか。たぶんないんでしょうね。 僕は、現代社会を覆っている「虚無感」のようなものの「正体」がわからずに悩んでいた。「正体」なんてものがあるのかはわからないけど、この本は僕が悩んでいたことに対する「答え」への糸口を与えてくれた。 今までは、ただ「楽しく」生きるだけの人生なんて駄目なんじゃないか、と思っていた。そして、そのように生きる人(自分を含めて)に対して後ろめたさのようなものを感じていた。だが、それは「終わりなき日常」を「生きる知恵」だ、と宮台は言う。 科学の発達を願い、「輝かしい非日常」を信じていた頃の自分。学校にはあまり行かず、ゲーム、アニメ、プラモデルなどにはまって「終わりなき日常」から逃避しようとしていた頃の自分。「輝かしい未来」を信じて、猛烈に勉強していた頃の自分。ただ「楽しさ」だけを求めて遊びまわっていた頃の自分。 自分ではよくわからなかったこれら行為も、この本を読んで振り返ると少し分かったような気がする。 現代といわれて早何年たっているのだろう? 本書は宮台が何年も前に”終わりなき日常を生きろ”という不偏たるメッセージを発していること。この事は彼を一生涯論壇の第一線でしか足り得ない。という真実 の言葉として集約をみてもいる。誰もがぶち当たる”日々の虚無感”を見事に浄化し得た名社会時評! 終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル (ちくま文庫)を楽天で検索 |