童貞としての宮沢賢治 (ちくま新書) |
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本書は宮沢賢治が生涯童貞であったという事実を中核におきながらも、彼の作品論であ る。『注文の多い料理店』、『銀河鉄道の夜』に代表される童話作家として、聖人のよ うなあつかわれ方をしている彼を表の賢治だとすれば、この本で評論されているのは、 妹との近親相姦的な関係、人と上手くコミュニケーションできなかった一人の人間とし ての彼、いわばウラ賢治である。 最終的に宮沢が描くのは贈与、とりわけ見返りを期待しない無償の贈与である。 無償の贈与とは相手に返礼されては、返礼しなければならないという負い目を感じさせ てはならない。なぜなら、返礼が発生すれば即座にそれは贈与ではなく交換になってし まうからだ。 交換とは、市場の原理であり権力と暴力を生み出す。そして贈与は交換に転化しやすい。 では純粋な贈与、無償の贈与とは存在しうるのだろうか。それを書くことが宮沢賢治の 仕事といってもよい。彼の詩「雨ニモマケズ」、この詩を最後まで読むとおかしなこと に気づく。なぜ「ワタシ」はここまで利他的でありながら、それでもなおも「ミンナニ デクノボートヨバレ」なければならないのか。それは、献身的であるということが贈与 であり続け得るには、感謝されることさえも望まずに尽くさなければならないからだ。 そして究極の贈与とは坂口安吾の言葉を借りれば「殺される覚悟でや」るべきなのだ。 見返りを期待し、また見返りを得た時点でそれは贈与ではなくなる。 このように無償の贈与は困難の道であり、それが究極の愛なのかもしれない。そう考えれ ば、昭和初期の結婚相手のために童貞を保持し続けるという言説はまだまだ生ぬるい。な ぜならそれは相手も処女であってほしいという条件付だからだ。これはいわば童貞と処女 の等価交換である。何の見返りもなく愛し続けること。その意味で生涯童貞であったとい う賢治の人生観は無償の贈与を体現した生き方だったのかもしれない。 宮沢賢治の生涯と作品を、当時、流布していたセクシュアリティの言説を中心に解読する。 ミシェル・フーコーの『異常者たち』や『性の歴史Ⅰ』等と合わせて読むとますます面白くなる。 また、宮沢以外の文人も多く取り上げられており、そのエピソードも興味深い。 様々なインスピレーションを与えてくれる本。 この人は国文学者でしょうか。まいったなあ。説得力がない。そしてタイトルが一人歩き。まったく何をいいたいのか。論理構成を無視した内容に私はお金を返せといいたい。日本の文学部のレベルの低さを語る。 童貞としての宮沢賢治 (ちくま新書)を楽天で検索 |