「51C」家族を容れるハコの戦後と現在 |
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住空間を使うのは、主婦であり、設計するのは、建築家や大工などの男たちであった。戦後間もなく一戸建ての住宅様式も封建的であるとして批判された。しかしその様式の中に埋もれがちな住宅各部の機能は、非常に重要なものであったのも事実である。 ここでは、集合住宅標準設計「51C」は、標準的家族を想定した住戸設計であるとし、家父長制の影響下にあるとの指摘さえ出た。しかしながら、この設計の基礎には、鈴木教授が若き頃に行った膨大なフィールド調査があり、また敗戦後の物資の限られた住宅難の時代に最もリーズナブルな住戸を提供する意味では、「51C」は、画期的な住戸タイプである。大量に住宅供給をする必要があった時代に個別に応じた設計を行うのは不可能である。 ある標準の家族タイプを想定して家族が住まうにも効率的に生産(工事)するのにも適した住宅を作り出すには、この方法しかなかった。そのためにあの頃の建築家は大変な努力をしており、現在の格好いい建築を設計しているスター建築家より大事な仕事をしていることが理解できる。また社会的にも非常に意味のある仕事をしている。 元気のいい、上野教授が現在から批判するのは、楽である。彼女の世代がスラムに住まなくてよかったのも51Cのお陰でもある。私は、当時の鈴木教授のいた東京大学吉武研究室、京都大学西山研究室、建築家の市浦健のトロッケンバウ、前川國男の晴海高層アパートなどの業績に敬意を表したい。 「51C」家族を容れるハコの戦後と現在を楽天で検索 |