私が朝鮮半島でしたこと1928年‐1946年 |
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1928〜1946年の間、韓半島で土木工事に従事した方の記録、写真もかなりあり、当時の土木工事についてみる事ができて興味深い、特に筆者が現在の北朝鮮に建設した清城大橋は圧巻である。 終戦までのあいだ、(当事者の一方の記録なので何ともいえないが、)日本人、韓国人の区別無く生活している様が描かれており、今まで脳に嫌と言うほどすり込まれた、日本人=威張った悪者 韓国人=搾取される弱者という構図が、ほんのすこしうすらいだ。 対照的に、終戦後の引き上げの際のロシア兵の横暴については、他の様々な方々の手記と、示し合わせたかのように一致していることも興味深かった。 著者は善意の人で、朝鮮の近代化に取り組んだ技術者だったのだろう。 でもそういう善意もまた、植民地支配の一断面だったのである。 イギリスも「インドを近代化する」といって支配した。 植民地支配とはそういうものなのである。 つまり、「近代化の過程に介入すること」なのだ。 日本も、アメリカによって無理やり民主化された後遺症を抱えている。 そういうポイントを押さえて読まないと、細部に囚われて全体像が歪む。 とはいえ、善意の植民地支配を細部から知るための良い資料である。 本書の購読にあたり、朝鮮の人々との心ある交流などが克明に認められ、日本人の気概など精神的部分が、開発工事と共に当時の日本の思いなどが記されているだろうと期待しました。 本書はこのような点からの期待はすべきではなく、開発工事の経過と同時に語られる周囲での朝鮮人とのエピソードなどが主体となっており、 私も土木技術者として多くの工事を経験しましたが、その意味において、当時の工事の様子は参考となったのも事実です。 しかし、長らく幕末以降近代の歴史を詳細に勉強させて頂いている立場から、若干の歴史背景的記述に不審を抱く部分が印象に残りました。 全般に垣間見られることですが、取り分け177頁での蒋介石の言葉の件に「長い間日本に苛められた人の言葉だろうか」と言う点、193頁では中年の朝鮮人からの同情に、「日本の政治を悪く言えるのは中年以上の人でそれを味わった人たちのはずなのだが」などの件は、何故か筆者が中国進出や朝鮮統治を搾取や迫害を行ったことがあるとの言わば自虐的印象をお持ちなのではないか、と思わせる部分が気になりました。 蒋介石は若き頃から日本で勉強し、多くの日本人が支援してきました。拠って蒋介石の言葉はある部分で日本に敬意を持っていたことの現われで、信憑性がありますが、苛められたとする件はやはり先入観の支配するところでしょう。当時の土木工事の行動日記として拝読いたしました。 この本との出会いは、まさしく下(以前)の皆さまのレビューを読んだことがきっかけでした。 なるほど、淡々とした著述に昭和初期から敗戦までの朝鮮半島で日本人がどういう役割を演じていたか、その一端を確かに追体験できたと思います。日常の空気みたいなもの、少し理解できました。皆さまのレビューにある通り、とかく朝鮮半島ものは「イデロギー」「屈辱の歴史」みたいなものが全面に出て、ウンザリ傾向もあると思います。そんな中、著者91歳の時の執筆、よくぞ記録を残して頂けたと思います。 著者が、敗戦がなく、あのまま土地改良等土木工事が進んだら、今の北朝鮮の食料事情はもう少し改善されてたはずと残念に思われてましたが、その通りと思います。 本書も最期は、命からがらの逃亡(引き上げ)の様子が書かれていました。十日間で約300km。その間200kmは徒歩だったといいます。 女子供もよくぞ歩けたと、、。現在の日本人が年間3万人以上自殺しますが、当時の極限状況を必死で生き抜いた日本人と比べ、豊かさの皮肉を感じますね。著者も90歳を越え、これだけの著作を書ける、、素晴らしい気概と体力です。このような屈強な先輩方が日本の繁栄を拓いたんですね。 日本統治時代の朝鮮で、インフラ整備の最前線で働いていた人の貴重な証言。戦前の日本人と朝鮮人の関係が良好であったことをはっきりと示している。「朝鮮人の中には思想の悪いものがいるので...」という表現が出てくるが、これは何にでもいちゃもんをつけ、捏造してでも強引な主張をする、今の多数派韓国人のような連中を指すのだろう。 私が朝鮮半島でしたこと1928年‐1946年を楽天で検索 |