資本主義と自由 (NIKKEI BP CLASSICS) |
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今から50年も前の経済学の講義録が基となっているのに、今なお内容に古さを感じないことに驚きを感じると同時に、金融や財政の分野で学問的見地からすればいかに間違ったことが行われているかということの本書は証拠となるだろう。 巻末の解説は「霞ヶ関埋蔵金男」こと高橋洋一氏。的を得た適切な内容で、読後に本書の全体を俯瞰できる。 マンキュー先生お勧めの一冊。 本書の主張の多くは、市場に対する信頼に依拠しています。市場システムが好ましいというロジックのざっくりした流れは、以下のようになります: A.特別な障害がない限り、双方が十分な情報を得た上で自発的に行う取引は、双方の利益が成り立つように成立する。 ↓ B.市場システムは、何よりも公平に、各人の要求を調和させる。 ↓ C.市場システムは、多くの場合、不特定多数の人々全体にとって好ましい結果をもたらす。 市場システムへの信頼に依拠し、フリードマンは、さまざまな主張をしています。その基本は、限られた知識しか持ち合わせていない政府の介入を可能な限り少なくし、市場メカニズムに経済運営をゆだねる、というものです。 本書でフリードマンが主張するよりは、政府が介入する必要がある分野はもう少しあるのかもしれません。たとえば、差別というのは、一つのナッシュ均衡になってしまう事があると思いますので、これは市場メカニズムによっては崩されない場合がありえます。 しかし彼の主張には概ね同意しますし、その価値は失われる事がないと思います。 30年以上前、西山訳で読みました。その時は際物扱いされていた本でした。あんまり「自由だ」「自由だ」と叫ばれるので、ケインズに毒されていた(今も毒されていますが)私などは辟易したものです。それが、こんなに評価されるようになるとは。時代の流れを感じます。まるで安部前首相のようです。 自由主義というと「政府は悪だ」という印象があるが、「正義の法に反せざる限り」というのが自由主義の前提であって、つまり政府の役割は(最小限)必要不可欠だとしている。 その中で、政府の役割がどの程度必要かについて、国民がそれぞれの代表を出し合い、国会という場で自由競争のルールを決めるのが、近代以降の民主主義である。 つまり、本来ならば小麦の価格が高騰しているとかいうものも、すべては国民が望んだ自由競争のルールに基づいているものである。 しかし、現代はそれらの責任ですら政府に押し付けるようなわがままな民主主義になってしまっている。 小さな政府がいいとか、福祉も大切だとか、規制は悪だとか、主張はするが、どうしてそうすることが良いのか・・? そういえば、先日、某旧大臣の経済学者が「利息に制限をつけるなんてけしからん。(高利で)駄目になったら破産処理したらいい。」と言っていた。 そのようなことを聞けば「なにを言っているんだ、悪徳金融のせいで何人もの人が自殺してるんだぞ!」と言いたくなるでしょう。 しかし、今、わたしは、『悪徳』と言ってしまいました。 つまり価値判断をしていまったわけです。そして、利息制限法はその価値判断を押し付けてしまった制度というわけです。 これこそ自由主義がもっとも敵視する『正義』の押し付けということ。 なにが正義かだれにも分からない、だから、自由にやらせることが前提(利息制限法撤廃)で問題がおこったら後処理(破産法)をすべきだというわけです。 米国のような自由主義市場社会を良しとする某氏も、こう考えていたわけです。 そういうことが、本書を読めばよくよく分かるようになります。 本書は、小さな政府や郵政事業(公営企業)民営化などの理論的根拠になる自由主義のバイプル的存在で、 現代の社会を深く読み解くには避けては通れない本です。 J.S.ミルの『自由論』からつづく、個性の尊重・自由意思の多様性受入れという自由主義の現代的昇華です。 ・・・ご参考にしてくださいまし。 資本主義と自由 (NIKKEI BP CLASSICS)を楽天で検索 |