ガラス玉演戯 |
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高校生時代から、この作品読みたかったが、その時代にはまだ翻訳本無かったし、あっても理解できなかったと思います。読み始めたら、この作品はヘッセの多くの著書の中では異質な印象を持つ方多いいはずです。その事、高校時代から知っていたからなお更読みたかった。大学から60になるまで研究、教育で手一杯、本の内容の情報も一杯でした。が、これは言い訳ですやっと読めました。私の仕事以外で、一番読みたかった本です。レビューアーの皆様の感想は私には無用です、何故ならこの本だけは私にとってはレビューを参考にして読む本ではないからです。読後感は人により違うでしょう、でも、私には読後感、最高でした!理論物理学者として多くの天才による専門洋書の名著、論文多々読みました。分野が違う事ジュウジュウ分かっていますが、文学作品である事考慮しても、この作品は、それらを超越していると言いたい衝動に駆られます。科学は変化が必然ですが、ヘルマンヘッセ「ガラス玉演戯」は、人間が存在する限り、不変な存在です。変化するのは読者でしょう。この作品でのヘッセの結末の選択はヘッセの生きた時代背景に依存したでしょうが、凛とした彼の精神力と行動力。流石です。この本は、読むべき人が読む本だと思います。 Sept-masque de couleur ヘッセの代表作ともいえノーベル賞を獲得したらしいこの作品でしたが内容的にも思想的にも奥深く人生の中での理念形成において大きな示唆を与えてくれる作品かもしれません。ただその分言えることは内容が難解で読むのに時間がかかる・・集中して読みと通すにはかなりの精神力が必要です、まぁ個人的にはそれだけの精神力を費やす価値がこの作品にはあると思う、最後の結末の部分は賛否両論でしょうが、個人的にはヘッセはあの結末以外当時書けなかったのだと思います、もしヘッセが現在ガラス玉演技を書いたとしても同じ結末しか書けなかっただろうし、将来ヘッセがなにか他の結末が書けるような時代が来てほしいものです。まぁそれは物理学でいう大統一理論の完成よりはるかに難しくというか不可能なのかもしれないが・・・ ヘッセの長編小説はすべて著者自身の魂の遍歴、自分自身になろうとするその人生の旅路を描いたものであり、その長い旅路の到達点がヘッセ最後の長編小説である本書である。この小説の主人公は、もはや内面の嵐に突き動かされて社会から脱落することはない。瞑想の力によって社会的な秩序と内面の自由を調和させることができる。そして学問と芸術、論理と感性という対立するものを同時に表現し、調和させ、統一することを可能にする世界語、それが「ガラス玉演戯」であり、主人公はその最高位にまで上りつめる。だがこの「ガラス玉演戯」の神聖な世界に対立するものとしての「俗世」の存在が、主人公を更なる調和と統合に向かわせる。そして・・・。 かつて自分自身になるための道を探してヘッセ文学に親しみ、今は社会の中で自分自身を見失いかけているかつての文学青年たちに読んで欲しい。きっとヘッセはもう一度あなたに「道」を示してくれるだろう。 ヘッセの生涯の総決算ともいえる最後の大作にしてノーベル文学賞受賞作。 ヘッセは第一次世界大戦のときも、またその後の1920年代以降も、ドイツの戦争への傾向に対し反戦の主張し続けてきたが、逆に「売国奴」と罵倒されるか無視されるばかりであった。次第に第二次世界大戦が近づき緊迫した空気の中で、ヘッセは小説家としてできる唯一のこととして、一つの小説を書き上げることに全力を尽くした。そして11年もの歳月をかけて創出したのが、この『ガラス玉演戯(Das Glasperlenspiel)』である。出版は1943年。この小説はヘッセが小説家としての使命を見定めた上での、現実へのコミットメントでもあるのだ。 学問と芸術の神髄である「精神(Geist)」を瞑想によって融合し、その究極の体現として音楽の如く「演奏する(spielen)」のが、この作品のタイトルにもなっている「ガラス玉演戯」というものである。主人公クネヒトはガラス玉演戯名人にまで登りつめるが、自ら志願して一人の若者ティトーの家庭教師となるに至る。 これは、「精神」への奉仕、ひいてはそれを受け継ぐべき次代の若者への教育の奉仕という、ヘッセの理想を描き出したものである。 クネヒトの最期のシーンは賛否両論あるらしい。確かに一見あまりに短絡的で、安易とすら受け取られかねない結末で、戸惑う読者も少なくないのではと思う。しかし、これはヘッセなりの誠実な一つの回答だったのではと私は考える。ヘッセはこれ以外の方法で彼の理想を伝えることはできなかったのではないか、と。この点は一人一人が読み、感じて、考えてみるしかないであろう。これはヘッセが我々に託した課題なのであるから。 作品の構成もかなり独創的なのだが、序文のみ難解なので、これだけ飛ばして一章から読み始めても差し支えない。 本当は星の数で表すことすら出来ません。この本が復刊された事に 心から感謝します。 ヘルマン・ヘッセが10年の歳月をかけて書き上げた、最後の小説作品です。そして、日本では井出先生の「ガラス玉遊戯」と共に20年程絶版でした。 内容は説明自体が・・・難しいですね・・・。 「ヒトはどうあるべきか」をヘッセの考えで導いてくれます。と、言った所でしょうか。感想を言葉にしても伝わるものではない、と思います。読んでみて下さい。 でも、少しだけ(笑)。・・・西暦2400(?)程の未来、芸術と数学、そして瞑想を伴って行われる、究極芸術の「ガラス玉演戯」。 その「名人」(頂点)ヨーゼフ・クネヒトの「伝記」というスタイルを採っております。勿論それは、ヘッセ自身の思想を反映させていますが。 クネヒトの成長と共に、ヘッセの「ヒトは、どう在るべきか」という考えに、核心に近づいていきます。 頂点に立つ者の名前が「しもべ」です。作品自体をある程度予感させますね。 ヘッセを「青春小説作家」と、お思いの方も多いと思いますが、色々なへッセ作品に触れるうちに、そうでは無い事を知るでしょう。(「荒野のおかみ」あたりから)実は精神世界に踏み込む作品が多く、ヘッセを難く考えてしまいがちですが、やはり、最後に求めるのは「ガラス玉演戯」になると思います。 文体も難く、難解に思えますが、ゆっくり読めば良い事です。そして、 私自身、こ本に出会えた事は人生の中で、とても大きい出来事です。 そして、この本の序章とも言える「東方巡礼」も復刊させるべきだと思います。 ガラス玉演戯を楽天で検索 |