軍需物資から見た戦国合戦 (新書y 194) |
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戦国時代における森林資源の戦略的重要性を追求にしたとても珍しい戦国時代本です。従来の戦国時代本のような「合戦!合戦!また合戦!」というような構成ではなく、後北条家の山林原野管理行政を丹念に記述していきます。 この本を読むと、戦国時代の山林原野は現代の石油と同様の戦略資源であったということが理解できます。 【おススメな人】戦国時代の新たな側面を発見したい方 物資調達の観点から(とりわけ北条氏を中心に)見直された戦国合戦。 合戦を描くことにより、物資の調達という側面から、かつての社会編成も垣間見えるようになってい ます。 ただし、歴史を見直すにあたってクリティカルな部分で、著者は若干無頓着ではと思える面が多々。 封建制の領邦を近代国民国家とちゃんと区別できていなかったり、環境問題に関連する“近年の” 視座を無批判に歴史に適用してしまっていたりなど。 それでも次の2点で、たいへんに面白く読めました。 その1:やっぱりモノで語らしめるのは強いな、と実感したこと。 上述の無頓着さは、もっぱら社会科学側から歴史学に提示された問題点だったりして、そこが著者 は無頓着かも、と思ったわけですけれども、その社会科学では観察の理論負荷性だの過去の不可 能性だの事実の社会的構成だの、なにかと入り組んだお話をしていますが、そーであっても、やはり 「モノ」で語るのは説得力があるなあ、と。 その2:怪しげな仮説への効果的な反論になっていること。 武道というのは近代スポーツとは別様の身体技法の集積であるとは理解しているつもりですが、 近年、ある種オカルトめいた「武道礼賛」が見受けられます。 武道に秀で、武将として有能であることが、組織運営の点で有能であることに直結するかのような 珍説を主張する哲学研究者もいるくらいですが、本書は、それへの有効な反論になってもいます。 【武道の達人である → 領国経営者・民政管理者として有能である蓋然性が高い】 という筋道ではまったくなく、むしろ因果としては逆で、 【合戦を遂行できるだけの資材調達・組織化能力がある → 武将として機能できる】 という筋道である、ということですね。 タイトルの示す領域に比べ、中味は「戦国時代の関東を中心とした草木資源」とかなり狭くなりますが、面白く読めました。 戦乱が続くことにより、多くの木が切り出され植生が変化していく様子やその対策など古人の知恵や環境への配慮、あるいは現在の景色がこの時代の環境破壊に起因することなど、多くの古文書をあたり、紹介しています。また当時から植林のための苗木が売買されていたというのは驚きでした。 「環境史」という学問の分野があるそうですが、なるほどこういったことを研究しているのかと納得しました。 「はじめに」だけでグイグイ引き込まれます。曰く、テレビドラマで取り上げられる合戦のシーンや、合戦の屏風絵などをみても、柵に使われる木材は大量です。このほか主力の武器であるヤリの柄も木製(あるいは竹製)ですし、鉄砲をつくるのにも炭が必要です。さらには旗指物には竹が使われますし、夜になれば篝火が焚かれる。 《このように合戦を行うには大量の木や竹が必要であり、戦国時代には森林や竹林の伐採が盛んに行われた。だが、無制限に伐採を行うと森林資源が枯渇し、合戦を続けていくことが困難になっていく。そのため、過度な伐採をしないように、森林資源を管理する必要がある。合戦を行う主体である戦国大名はこうした点に気を配らなければならなかったである》 素晴らしい。気がつかなかったな…。こうした森林利用と保護の"環境マネジメント"を、主に北条氏の文献を中心にみていくのが本書ですが、栗は生長が早い反面堅く長持ちし、腐りにくい性質がある(p.31)なんてあたりの指摘もいいなぁ。網野善彦さんが、日本の歴史家はもっと栗の木について知らなければならないとどこかで書いていましたが、改めて栗と日本の歴史に想いを致します。 軍需物資から見た戦国合戦 (新書y 194)を楽天で検索 |