偽書『武功夜話』の研究 (新書y) |
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昭和34年愛知県を襲った伊勢湾台風のため、崩れた旧家の土蔵から発見された「前野家文書」 (武功夜話)の真贋を問う著作。 当初はあまり知られていなかった同文書だが、NHK「歴史への招待」での放映、昭和62年 「武功夜話」の刊行などにより、歴史的大発見として評価されていく。 著名な大学教授の賞賛、有名作家による前野家文書(武功夜話)を下敷きとした小説の出版が 次々になされ評価は高まる。 遠藤周作「反逆」「決戦の時」「男の一生」、秋山駿「信長」、堺屋太一「秀吉」、津本陽「下天は夢か」 などだ。 NHK大河ドラマ「秀吉」「利家とまつ」においても武功夜話が下敷きとなっている。 しかし、同文書には数々の疑問が指摘される。 史実と矛盾する記載、同文書内で互いに矛盾する記載、同文書が成立した時代には用いられなかった 言葉や表記法などが散見されるからだ。 昭和になってからできた地名、明らかに軍隊教育の影響による表現「(生きて)虜囚の・・・」など、 戦国時代にはありえない表現も散見される。 原本が公開されないことも、疑義に輪をかける(所有者は武功夜話の編者)。 こうしたことから、著者は武功夜話を含め、前野家文書を“偽書”であるとする。 そして、「武功夜話」の成立年代は、明らかに明治以降であり、しかも昭和29年以降の可能性も指摘する。 本書を読む限り、「武功夜話」は、偽書として限りなく黒に近い灰色である。 早く所有者が原本を公開し、研究者による徹底調査が行われることを期待する。 昭和34年,伊勢湾台風で崩れた土蔵の中から発見されたという「前野家文書」。後に「武功夜話」として刊行される文書だが,一般に紹介されるようになったのは昭和53年が最初らしい。 本書では緻密な論証により武功夜話が偽書であることを明らかにしている。それにしても,これほど怪しい文書を,堺屋太一や津本陽,遠藤周作などがネタ本にして戦国物を書いたり,小和田哲男が肯定的に紹介したりした,というのは,驚きである(その辺についても,本書では熱く批判されている)。 本筋とは異なるが,墨俣一夜城のくだりが面白かった。 一般に,墨俣城は,永禄9年(1566年)に秀吉が一夜にして築いた城とされている(武功夜話では,3日間に築造されたとされ,その築造経過等が詳細に記載されている)。 しかし,永禄9年の一夜城築城譚は,資料的な根拠に乏しいヨタ話らしい。 「洲」俣城は,信頼性の高い「信長公記」によれば,永禄4年に信長が築いた城であり,秀吉とは関係ないし,1〜3日という短期間に作られたものでもない。 上記を,小瀬甫庵が「信長記」で,永禄5年の築造と誤って記載する。他方,同じ甫庵作の「太閤記」では,永禄9年に秀吉が美濃(墨俣とはされていない)において城を作ったというエピソードを紹介している。 これを,江戸時代の竹内確斎「絵本太閤記」や栗原柳庵「真書太閤記」で,永禄5年に秀吉が墨俣城を作った,それも奇計で一夜で作ったように見せかけたという筋立てにした。 さらに,明治時代,渡辺世祐「安土桃山時代史」で,林羅山「秀吉譜」(甫庵「太閤記」を書き改めたもの)を元にして,墨俣築城は永禄9年であるとした(前記のとおり,秀吉は永禄9年に城を作っているが,それが墨俣城であるとはされていなかったにも関わらず,である)。 こうして,明治時代に永禄9年の墨俣一夜城エピソードが完成し,江戸初期に作られたという武功夜話もなぜかこれに従っている,というわけである。 ・・・何か伝言ゲームみたいである。 1959年の発見以来、戦国史の一級史料とされ、有名作家の歴史小説や大河ドラマの種本としても活用された『武功夜話』を徹底検証し、偽作と結論付けた本。この本で筆者2人は、『武功夜話』が戦国史の史実をいかに捻じ曲げたかを説明し、たいした検証もせずに一級史料として宣伝し、活用したマスコミ、研究者、作家らを糾弾している。 我々がイメージする戦国時代の合戦の情報源は元をたたせば歴史小説や時代劇がほとんどである。その歴史小説や時代劇の種本が偽作という事は、我々がイメージする戦国時代像は史実とは全くかけ離れてたフィクションという事になる。 そうなるとこの本は歴史小説が読みたくなくなる本といえる。史実に忠実だからだ。しかし、歴史で一番重要なのは真実である。いくら話的に面白い逸話でもそれが創作ならば史実として載せてはいけない。小説はフィクションだから創作は許される。だがフィクションをあたかも史実であるかのように言い募るのは歴史の歪曲である。だから是非とも作者2人には今後も本書のようにフィクションにまみれた通説を完全に覆すような好著をどんどん発表してくれる事を期待したい。 ただあえて一つ難点をいえばタイトルに「偽書」と付けているのはいただけない。検証し真贋に決着をつけると言いながらタイトルに「偽書」と銘打っているのは結論ありきの印象を与えてしまい、読み進めながら最後に結論にたどり着くという楽しみを奪いかねない。その点で星一つ減点。 どうも『武功夜話』のこととなると頭に血が上って、冷静に判断できなくなる人が多いようですね。 その時代にあり得ないはずの用語・観念が登場するようなら、その本は史料としては要注意なんです。そしてそういった時代錯誤が、描かれている世界観の根底部に見られる以上、『武功夜話』は歴史資料としては全然ダメなんです。お話として楽しむ分にはまあいいのだけれど。 著者二人のうち特に藤本さんは、逆の意味で冷静さを欠いているみたいで、論証不充分、ときには筆の滑りのような部分もある。だからこの本への評価は星三つに止まるんですが、全体としては是認できる内容の本だと思いますよ。 確かに 史料の扱いが 問題になるのは どんな歴史書でもあるケースなんですが、この本が言いたいことは そんなことではなく、これは 創作 武功夜話の研究ではないかということなんです。偽文書というより創作。 著者たちは 在野の歴史研究者ですが、芸能 文学研究者の方たちが 武功夜話を読めば、この本が書かれた または写本された時代には絶対に なかった こういう本をネタ本に使うから、困ったものだというのが 著者たちの考えなんでしょう。 偽書『武功夜話』の研究 (新書y)を楽天で検索 |