ああっ女神さまっ DVD-1 |
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全話を通じての、評価です。 「女神さまっ」は、藤島作品のなかで、もっとも長く続いたシリーズであるだけに、 絵柄とノリが、時期によって、全く異なります。 そのため、どの時期の「女神さまっ」が好きであるかは、人によって、異なるでしょう。 個人的には、劇場版の時期の「女神さま」が一番好きです。テレビ版では、女神すぎてます。 これに対し、この作品は、映像作品のなかでは、ベルダンディーの人間臭さが、一番際立っています。 この時期のノリが好きな方は多いようです。私も、概ね好きではありますけれども、 最終話に関しては、少し、なじめません点がありました。 というのも、女神と人間との恋愛というテーマについてですけれども、 劇場版では、ベルダンディーが、女神である自分の人間的な嫉妬の感情に葛藤するという件と、 圭一が、それゆえにベルダンディーを愛するという微妙な心理描写が、 短い言葉のやり取りで、見事に表現されていました。 しかし、OVAでは、同一個人における神的なものと人間的なものとの葛藤が、人間臭さの 側に、あまりにも特化されているように感じたのです。 その点だけ、私は受け入れにくいものを感じました。だから、星4つです。 それ以外の点は、よくできていると思いますし、OP・EDともに、心に残る名曲です。 「ハイ・クオリティ・アニメーション・ビデオ」と銘打って発売されたこの作品であるが、発表当時の1993年のものとしてはその呼び名も伊達では無かったのではないかと思える。もっとも、OVAだからこそ出来た作品であるとも言える。 この作品のDVDを確か2001年頃に入手したのだが、2001年当時のアニメのレベルから見ても見劣りしているという感じは無く、十分に楽しめた。 メインヒロインの女神・ベルダンディ役はお嬢様・お姉様キャラ役で有名な井上喜久子氏だから見事にハマり役である。 人と女神の恋愛を描いており、その障壁がありながらもドタバタラブコメディとして成立している点は評価に値する。後にその続編であるTV版も作られたが、やはり一番と思えるのはこちらのOVA版であろう。ドラマ性にも優れており、この作品を見て、だいたいの人は気に入る事だろう。 ベルダンディと「うる星やつら」のラムは実に対照的だ。 ラム 1鬼 2侵略者3破壊的性格4C家事不可5水着が普段着 ベルダンディ1女神2救済者3B修復的性格4C家事得意5ロングが普段着 6男の側は逃走型、欲望肯定的 6男の側は安定型、欲望否定的 総じて「うる星」は欲望ナチュラル、実験的であり、「女神」は禁欲的、保守的である。これは時代を反映している。「うる星」は80年代の「バブル」を先駆けかつ70年代を継承している。したがって個人主義的ラディカリズムが基調である。他方「女神」は90年代の長期停滞と保守回帰を先駆け、80年代のもうひとつの翼である「平凡さ」を継承している。この作品のなかでかすかに70年代をにおわしているのは自動車部であり、寮からは第二話で早速出て行く。これが70年代的「終わりなき日常」からの決別の象徴だろう。「電話で呼ばれる」ベルダンディはある意味ホテトル嬢であり、かつ主婦である。「ラム」にあたるキャラは、希釈化されてウルドとスクルドという「周辺」にとばされている。80年代の終わりなき日常が学園祭前夜であるのにたいして、90年代の終わりなき日常には学園祭すらない。閉鎖的で家族的であり、停滞的なので長期連載なのにキャラが増えない。自閉的な日常性の空間が、事実上「廃寺」が舞台の中心にすわること固定化されている。進取と冒険性を捨象したこの空間に、岡崎京子なら、「高度資本主義」を見出すかもしれない。そしてその裏面には捨象されたはずのものが暴力性を亢進させつつ、蠢いているのかもしれない。こうした人間関係像がなぜいまも一定の根拠と正当性をもっているのかは、正直よくわからないが、確実に男の側の衰退への危機意識が反映しているのだろう。「うる星」は作品のなかで暴力を昇華させ、現実への回帰を拒否したが、関係の暴力性を隠蔽したこの作品には現実への投影願望がパッシブな形である。しかし実際にこの関係性を投影したらそれは暴力的なものに転化せざるをえない、そうした危うさがある。 早いもので漫画連載開始から十数年、ビデオアニメ化されて好評だった「ああっ女神さまっ」がDVDで復活だ。 第1-2話は心優しく美しい女神ベルダンディーとその姉でセクシーなウルドが登場、もてない大学生、蛍一の周囲に騒動を巻き起こすという物語の入門編になっている。 ああっ女神さまっ DVD-1を楽天で検索 |